玉かぎる言の葉紡ぎて ――5分で読めるショートショート集

西しまこ

第1話 ねこねこ日記(1)【くろ①】

「にゃあぁぁーーーん(子どもたちー おいでー)」

「にゃあーーーーん(はぁーい)」

「あら、くろ、いたの? にゃん!」


 子どもたちを呼んでいたら、ニンゲンが現れたので私は驚いた。

 そう、いたのです。今日は天気もいいし、ウッドデッキで日向ぼっこをしていたのだよ。

 子どもたち、どうしているかなと思って呼んでいたのですよ。

 私はこの家では「くろ」と呼ばれている。



「くろー、牛乳だよ~」

 ああ、命の水ですね。最近、私はどうもかりかりがたくさん食べられなくなってきていて、命の水はほんとうにありがたいのです。


 私は命の水を一生懸命飲んだ。

 思えば、もう十年以上になるなあ。この家とのつきあいは。

 この家に通い始めたころ、小さかったニンゲンがいたが、なんだか大きくなってしまった。私の子どもたちもすっかり大人になったけれど。ここに通い始めたころは、まだ妻もいたし子どたちもほんの子猫だった。


 よっこいしょと。

 私はテーブルの上に乗って眠ることにした。

 ここはよく陽があたって、暖かいのだ。

 まぶたが閉じる。

 ……子どもたちはまだ来ない。返事は聞こえたんだけど。……今日は会いたかったなあ。


 ひと眠りして散歩に出かけると、みけに会った。

 ――みけ、あのうちに私が食べ残してきたかりかりがあるよ。

 ――くろ父さん、ありがと! 行ってみる!


 みけの後ろ姿を見送る。

 小さいころは兄弟みんな連れて、いろいろな場所に行ったものだ。そう、ほんとうは四匹だったんだ、妻との子どもたちは。一匹は車に轢かれて死んでしまった。あのときはほんとうに悲しかった。そして、妻との別れは私をほんとうに落ち込ませた。


 妻はミルクティーのようなベージュ色の猫で、うっすらと縞々が入ったきれいな猫だった。車に轢かれた子猫も妻と同じ柄をしていた。妻は臆病な猫で、ニンゲンの前にはあまり姿を見せない猫だった。だから、私が子どもたちを連れて、安全な場所や餌を食べられる場所などを教えて歩いたのだ。妻はいつも緑の陰に隠れて、そんな私たちをそっと見守っていた。ただ、ときおりいっしょに出てくることもあって、あの家のウッドデッキでは私や子猫たちといっしょに、かりかりを食べたり、日向ぼっこをしたりお昼寝をしたりと、ニンゲンに姿を見せてくつろいだりもしたものだ。


 ……なんて懐かしいのだろう。

 妻は身体が弱く、数年前の冬に動かなくなってしまった。

 ……妻がいなくなって、私はしばらくうまく動くことが出来ずにいた。そして、事故に遭い、頭に大きな傷を負った。死んでしまうかと思ったけれど、どうにか生き延びることが出来た。


 私は道路を歩きながら、今にもその角からベージュの猫が出て来ないかと期待した。




  「ねこねこ日記(1)【くろ①】」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!

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