二〇〇〇年・六
「ようやく戻ったか」
教授が静かに言った。ルイに背を向けたまま。
「はい」
ルイは端的に答えた。悪びれる様子もなく。
「それで、葉山君は?」
「死にました。彼に撃たれて」
「そうか」
教授はそれしか反応を見せなかった。葉山は教授の次に高い地位にいたが、教授にとってみれば有象無象の一人でしかない。それは彼の子供達であっても同じことだ。否、親の権威を振りかざして操りやすい手駒くらいには特別視されているかもしれない。瑠璃子の末妹である
「あの男は?」
「処分しました。公彦さんが死んだので私が」
当たり前の事のように答えた。初めから雅義を殺すつもりだったかのように。葉山と共謀して彼を誅殺する算段があったかのように。
「そうか。では二つ目の枠も埋まったわけだな」
「そうなります。残念ながら」
ルイの声色に愉悦の色が乗った。
教授は初めてルイの方を振り返った。
「随分楽しそうだな、瑠璃子。全て狙い通りというわけか。お前を痛めつける葉山君が死に、気に入った男の魂を取り込み、儂に自我を乗っ取られる心配もなくなった」
「はい」
ルイは――夢見川瑠璃子は微笑んだ。純真無垢な少女の如く。
そう。全ては己の掌の上。
追手として葉山が来ることも。彼がどうあっても自分を見つけ出すことも。雅義は葉山を殺すために必要だと知れば、容易く処女を捧げさせてくれることも。雅義の現在の技量なら葉山を殺せるということも。その過程で雅義が致命傷を受けることも。
全てが想定通り。
教授には瑠璃子を責めることは出来ない。どうあれ雅義を生かしておくわけにはいかないのだから。例えそれによって彼の夢が遠ざかるとしても。
初めからそれが狙いだったとしても。
最後に物を言うのは結果だ。結果として瑠璃子は雅義の命を奪った。どんな思惑があったとしても、その事実は揺るがないのだ。
「私の体は私のものです。お父様にはあげません」
教授が彼女を非難出来ないとわかっているからこその返答。今や瑠璃子の方が精神的に上位に立っている。
「あの男になら良いのか」
「真逆。あくまでも一時避難場所です。彼の魂が収容されたユニットはネブカドネザルに移植します」
「ネブカドネザル……最後の試作品か」
「はい。邪神へのアクセスが出来ないことを除けば私の体と同等のものです」
教授は頷いた。
「ヒトとしての機能には問題あるまい。神に届かない以上、アレは儂には不要だ。好きにするといい。とはいえ、一度脱走した者が儂の言うことを聞くとは思えんが」
瑠璃子はますます笑顔になった。
「お父様の? 聞くはずがありません。彼は私のものです。私の言うことしか聞きませんよ」
自信満々に言う。
「そしてそのお前は、儂の言うことを聞かない。そうだな?」
「勿論。全て私の好きに行動します。真逆とは思いますがお忘れですか? 私が今や邪神の化身だということを」
「そうだったな。最早何も言うまい」
教授はやや落胆したような声色でそう言い、溜息と共に部屋を出ようとした。
「ところでお父様。私、面白いことを考えたのですけど」
教授は足を止め、振り返った。邪神と融合した娘の言う「面白いこと」がどんなものか、彼にも想像はつかないのだろう。
「彼の魂を取り込んだことで分かったのですが、彼は『英霊再来』です」
「というと、
「そうです。しかも彼はアーサー王伝説に描かれる善き魔術師マーリンの再来です。伝説上の人物の再来が自然発生するなら、神の再来を作ることも可能なのでは?」
「――実に興味深い」
瑠璃子はにんまりと邪悪に笑った。
「そうでしょう? 実験には私も全面的に協力します。まあ、私なりの埋め合わせだと受け取って頂ければ」
教授は鷹揚に頷いた。
「そういうことなら良かろう。その肉体の件は水に流して、今後の打ち合わせといこうではないか」
瑠璃子は頷き、教授と共に暗い『研究所』の奥へ消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます