第7話Ep8.Why?


「サトルくん、君は私とシュンスケくんが付き合っているのを似合わないと言ったね」


 レナは両手を広げ、サトルは曖昧に頷いた。


「ええ、まあ……」

「人をカテゴライズする方法は色々ある。『ボーっとしている』と『ハキハキしている』だと、確かに似合わないと感じるだろうさ。けど」


 片手を自分の胸に置き、レナはじっとふたりを見つめた。

 エミは彼女が眼鏡をしていてよかったと思った。でないとすぐに逸らしたくなるくらい、彼女の眼力は強かったから。


「漫研部長と文芸部部長なら、どうだい?」

「――あ」


 エミの口から小さく声が漏れる。自分はシュンスケ先輩のことも委員長のこともよく知らないから、どうと聞かれても反応に困ってしまったけれど。


(でも、漫研部長と文芸部部長って聞けば、似合わないどころかぴったり――!)


 顔を輝かせて両手を合わせるエミの横で、けれどサトルは納得いかないという風に眉を寄せた。


「……でも、それで言うなら、シュンスケ先輩が漫研部長じゃなければ付き合わなかったということになりますけど。――そういうことなんですか?」

「そういうことではないさ。ただ彼の中のいちばんわかりやすい属性を言ったまでだ。――つくづく思っていたけれどサトルくん、君はたくさん本を読む割にはあまり他人の情緒に理解がないよね」


(そんなハッキリ言う!?)


 エミの心臓は飛び出しそうになったけれど、サトルの表情はあまり変わらない。

 眼鏡の奥の目を少しだけ細めて、


「――随分ハッキリ言いますね」

「君だってそうだろう。私はいまブーメランを投げたんだ」

「自己申告する人珍しいですね」

「もしかしたら鏡だったかもしれないね。ともかく、倫理0、合理100とまでは言わないけれど、君は合理性を追求するタイプだ。私もね。だけど違うとこだってある。先ほど君は『恋愛には興味がない』と言った」


 視線を向けられ、サトルは静かに頷いた。


「はい、言いました。でもそれは――レナ先輩もそうだったんじゃないんですか?」


 レナは俯き、唇の隙間から「ふっ」と吐息を漏らした。そしてゆるゆると首を振る。


「そうだね、確かに『恋愛』はそれほど興味のある項目ではなかった。けれどそれ以上に――私には『機会』がなかった」

「機会?」


 サトルは首を傾げ、けれどその隣でエミは両手を合わせた。


「あ、じゃあ! その漫研の部長さんが、委員長が初めて好きになった他人ひとってことですか!?」

「――惜しいね。結果的にはそうとも言えるけど」

「きゃー! あっ、じゃあ、じゃあ! 初めて告白された相手が漫研の部長さんってことですか!?」

「正解」


 レナは微笑み、背もたれにゆったりと身体を預けた。なぜかエミの方が顔を真っ赤にしてきゃーきゃー言いながら身体をくねらせている。

 サトルは少しだけ彼女と距離を取りながら、


「…………女子ってやたら恋バナ好きですよね」


 異星人を見る目でそう言った。


「そうかい? 全員が全員そうだとは限らないだろう」

「そりゃそうですけど。……僕の知り合いにもいますよ、恋愛関係の話になると途端にIQ30くらい下がる人」

「……私も噂は聞いたことあるかもしれないな。どこの会長だろうな」

「まったく、どこの副部長でしょうね。……で、話を戻しますけど、要するにシュンスケ先輩とは告白されたから付き合ったってことですよね。でもいまの話じゃシュンスケ先輩にあんな行動をとらせた理由は見えてこないんですが」

「そりゃそうだ。私がシュンスケくんと付き合うことになった理由とこんなことをさせた理由には大して繋がりがないんだから」

「…………」


 微かに不満げな色をにじませるサトルに、レナはニヤニヤと面白そうな笑みを浮かべる。そしてまたグッと身を乗り出して、この場にいる人間だけの秘密、というように囁いた。


「人間の考えなんて簡単に変わるものさ。確固たる信念を持って生活している人の方が珍しいとさえ私は思う。フラフラと右に行ったかと思えば九十度左に曲がったり、坂を下っていたと思ったら次の一歩で雲の上まで飛ぶこともある。宝物だと思っていたものが突然ガラクタになったり、逆に石ころが宝石に化けたりする」

「――要するにシュンスケ先輩と付き合って価値観が変わったってことでしょう。で、結論は?」


 呪文のように言葉を紡ぐ彼女を、けれどサトルは一蹴した。

 レナは何食わぬ顔で笑って、


「そうだね、そういうことだ。けれどサトルくん、君にとっては『価値観が変わった』の一言で済む話だろうけど、私にとっては百字以上かけて語りたいくらいの衝撃だったのさ。恋愛になんて興味がないと思っていたが、実際にやってみると、はは、思った以上に楽しくてね。――で、せっかくなら学生のうちにしかできない思い出というものがほしくなった」

「――ああ。それで図書委員であるうちに、あんなことがやりたくなったと」


 眉を寄せながらサトルが頷く。その横でエミは首が飛んでいきそうなくらい強く激しく頷いた。


(学生ならではの思い出とか、ふたりだけの秘密とか……! いいなぁ、私ももし彼氏できたらそういうのやりたいかも!)


 レナもまたゆったりと首を縦に振り、


「そういうことさ。……別に、なんでもよかったんだけどね。今の時期だけできて、それでいて他の人と被らないような特別なことがしたいと思ったら、こんなことしか思いつかなかった」


 そう言って穏やかに息を吐いた。

 レナとエミは共鳴したようにうんうんと頷き合い――サトルだけがすっかり冷え切ったココアを見つめていた。

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