第34話 怪我
「ぶははははっ、透、おま、お前その手、どうしたんだよ……っ!!」
「この姿を見て最初のリアクションがそれって……俺やっぱりお前と縁切った方がいいのか?」
昼休み。
教室へ現れた俺の姿を見て、健介は腹を抱えて大爆笑していた。
彼の視線と指は俺の左手へ向けられている。
俺の左手はギプスで固められ、首にかけたアームスリングの中で固定されていた。
昨夜。家に帰ってから時間を追うごとに左手首の痛みが増していき、青紫に腫れだした。
物を掴もうとすれば激痛が走り、眠ることすらままならず。
今日の午前中は学校を休み、急遽病院へ駆け込んだのだった。
「骨折とかか?」
席へ着く俺に健介が訊ねてくる。
「捻挫。全治二週間だって」
「ご愁傷様。なんだ、階段から落ちたのか?」
「まあちょっと色々あってな」
俺がそう濁すと、健介はにやりと笑う。
「どうせ奈々ちゃん関係でなんかあったんだろ」
見透かしたようなその物言いに思わず息を呑む。
「俺はまだ何も言ってないけど」
「言わなくてもわかるっての。昔から透が怪我をした時は、大抵奈々ちゃんを助けようとして無理した時なんだからよ」
どこか呆れたような苦笑と共に言われ、俺は閉口してしまう。
腹立たしいことに健介の予測は間違っていないので、何も言い返せなかった。
「…………空手の練習とかで怪我したこともあったろ」
せめてもの抵抗にそんなことをぼやくが、健介は笑いながら「やっぱり今回も奈々ちゃん関係なんだな」と言われてしまった。
これ以上話していてもボロが出そうなので、俺は鞄からごそごそと昼ご飯を取り出す。
今日病院から学校に来るまでにコンビニで買ったおにぎりが二つ。
「今日は弁当じゃないんだな」
「朝は痛すぎてそれどころじゃなかったからな。今は痛み止めが効いてるけど、どのみちこんな状態じゃしばらく料理はできそうにない」
言いながら左手を僅かに掲げる。
指先近くまでガチガチに固定されているので、この状況で包丁でも握ろうものなら別の怪我をしかねない。
「そりゃ大変だ」
「本当だよ。しばらく奈々にはスーパーの総菜とか弁当を食べてもらうことになる。もしかしたら買い物も任せることになるかも知れないから、栄養が偏らないか心配だ」
「……お前さぁ」
「ん?」
「いや、なんでもない。お前はそれでいいよ、うん」
一体こいつは何が言いたいのか。
何かを諦めるような眼差しに居心地の悪さを覚えながら、俺はおにぎりの包装を剥がしていく。
「というかさ、透って自転車通学だったろ?」
「ああ」
「その手で自転車に乗れるのか?」
「無理をすれば乗れるけど、無理はしたくないからしばらくは徒歩だな。まあ小一時間で着くし、いい運動だよ」
「親父さんに送って……は無理か。親父さん、忙しいもんな。これからしばらくは朝早く起きないとか。大変だな」
「弁当とかを作らない分、起きる時間自体はそんなに変わらないって。それに週末には梅雨入りだろ? それを考えると歩きなのも悪くない」
「ポジティブだな~」
「ネガティブになってたら奈々に悪いしな」
言いながらおにぎりをぱくり。
コンビニのおにぎりってのはどうしてこんなに美味いんだろうな。
ちょっと高いけど。
「……はあ」
コンビニ飯に舌鼓を打っていると、健介が深くため息を吐き出した。
ため息の理由を訊ねようとしたが、答えは得られないような気がしてやめたのだった。
◆ ◆ ◆
「珍しいね、ななちゃんが購買に寄るの。いつも透さんのお弁当持ってきてるのに」
お昼休みに一階の購買に寄ってサンドウィッチを買った後、いつもの食事スポットへと向かう道すがら。
あーちゃんが私の手元を見ながら少し不思議そうに言った。
「あー、ちょっと色々あってさ~」
おざなりな返事をしつつ、あたしはおにぃから届いていたメッセージに目を向ける。
その文面を見て、あたしの胸はチクリと痛んだ。
「ん」
口に出すのもなんだか嫌で、あたしはおにぃとのトーク画面をあーちゃんに突きだした。
あーちゃんは歩きながら見づらそうに覗き込む。
「ええっと……えっ、お兄さん、怪我したの?!」
驚きのあまり、呼び方が元に戻っている。
それを指摘せずに、あたしは昨日の夜の出来事をかいつまんで説明した。
……あたしが慌てたせいで転けかけた、ということは伏せて、あたしが転けそうになったのをおにぃが助けてくれたっていう事実だけを。
するとあーちゃんはにへらと笑った。
「透さんらしいね」
「そう?」
「うん。だって透さん、ななちゃんのことすっごく大切にしてるから」
「そうなんだよね~。ほんとおにぃ、あたしのこと大好きすぎるシスコンだからさ。妹としては心配で心配で、困っちゃうよ」
笑って話しているうちに、目的の場所に着く。
グラウンド裏の階段。いつものポジション。
あたしとあーちゃんは並んで座る。
するとあーちゃんが先ほどとは違った、噴き出すような笑みを零した。
「なに?」
「だってななちゃん、すごく嬉しそうに言うから。ななちゃんも透さんのこと、大好きだもんね」
「っ」
ぽんやりとした雰囲気で微笑ましいものでも見るように笑うあーちゃんの言葉に、あたしの胸はきゅっと締め付けられる。
どうしてだか。いつものように笑い飛ばすことができなかった。
「あ、でも透さん、その怪我だと家事とか大変だよね。毎日のご飯とか、透さんが作ってるんでしょ?」
サンドウィッチを両手に握ったまま俯いていると、不意にあーちゃんが呟く。
心配そうなその声音に、あたしは今度こそ返すことができた。
「ふふん、その点は大丈夫だよ。なんたってあたしがいるからね。いつもはおにぃに任せてるけど、あたしだってやるときはやれるんだから」
「……………心配だなぁ」
胸をドンと叩いて見せたあたしに、あーちゃんは不安げな眼差しを向けてきた。
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