第16話 生徒会メンバー

 残りのゴールデンウィークは特に何もなく、だらだらと過ごしていた。

 四月はあっという間に終わり、五月に入る。


 この日は月曜日。

 第一月曜日は六時間目に割り当てられているロングホームルームが丸々生徒総会になる。


 体育館に全校生徒が集まって雑然とする中、俺は彼らの列には加わらず、体育館舞台袖に控えていた。


 生徒総会は生徒会が主導になって行う。

 生徒会役員である俺も、他の役員たちと共にステージ側に並んでいた。


 始業を告げるチャイムが鳴っても収まらない喧噪に、やがて体育教師の野太い怒声が響き渡る。

 舞台袖からは体育館の空気が変わったことが一瞬でわかる。


 程なくして、俺たち生徒会役員はステージへと出た。


 全校生徒の目がこちらに集中する中、事前に並べておいた簡素な長机とパイプ椅子の前に座る。


 今期の生徒会役員は俺を含めて五名。

 全校生徒から見て一番左手に腰を下ろした俺が、雑務。


 そして俺の隣に座った金髪の男子生徒が斉藤さいとう拓真たくま先輩で、書記を担当している。


 その彼の隣に座る、派手目のシュシュで同じく派手な髪を纏めた女子生徒が岡本おかもと綾華あやか先輩。

 彼女は会計だ。


 さらにその隣の、細縁眼鏡をかけた長身の男子生徒が大野おおのさとる先輩。

 生徒会副会長である。


 そして今、ステージ中心の演台に立った女子生徒が、我らが生徒会会長、中島なかじま紅羽くれは先輩だ。


 紅羽先輩の進行の元、役員の自己紹介が始まる。

 俺を除いた四人は全員が三年生で最初はちょっと肩身が狭かったものだ。


(まあ今は別の理由で肩身が狭いけどな……)


 自己紹介を無難にこなし、ようやく生徒総会が始まる。


 俺はプロジェクターに繋いであるノートパソコンを紅羽先輩の進行に合わせて操作する。

 ステージ裏の巨大なスクリーンにパワーポイントが映し出された。


 最初はまごついたりもしたが、毎月のように行っていると流石に慣れてくる。


 生徒会や各委員会の活動方針の説明や学校行事の広報、ボランティア活動の報告など、紅羽先輩はよどみなく説明していく。


 そんな彼女に合わせてスライドを動かす中、俺はノートパソコン越しにステージ下の生徒たちを眺める。


 生徒総会といってもただの説明会のようなもので、生徒たちから反対意見が出てくることなんてめったにない。

 実際、去年は一度も出なかった。


 生徒会が承認を求める際に、拍手でもって可決とみなす。

 言ってしまえば出来レースみたいなものだ。


 だからまあ、退屈だっていう気持ちはわかる。

 わかるが……。


(相変わらず、ステージ上から見ると酷いなこれは)


 ここから見ると寝ている生徒や雑談している生徒が目について仕方がない。

 教壇に立つ先生の気持ちがいくらかわかるというものだ。


 ふと、こちらを向いている生徒と目があった。

 赤髪のスポーツ刈りが特徴的な男子生徒、紅羽先輩の弟である健介だ。


 健介は俺と目が合うや否や、右手で瞼を持ち上げ、左手で鼻を摘まんでいた。

 変顔のつもりか? 別に笑わないぞ。


 ……あ、体育教師にばれて叱られてる。


 俺は心の中で親友の無事を祈りつつ、またざっと全校生徒を見渡す。


 するとまた目があった。


 妹の奈々が、こちらを向いてにんまり顔を浮かべている。

 一瞬顔を背けると、「がびーん」という顔をしていた。


(あそこが奈々のクラスか。ということは……)


 ふと思い立ってその姿を探すと、……いや、探すまでもなく見つかった。それぐらい、彼女は目立っていた。


 奈々が座る列の最前列に、彼女の姿はある。

 いつものようにツーサイドアップに纏められた亜麻色の髪に青い瞳。

 小柄な彼女は、しかし背筋をピンと伸ばしているためか周りの生徒たちよりも大きく見える。


 そんな彼女は、真っ直ぐにこちらを見つめていた。


 こんな総会を真面目に聞くなんて偉いなぁなどと思っていると、パッと彼女は俯く。

 どうかしたのか心配になって見つめ続けると、安城さんは顔を上げ、しかしすぐにまた俯く。


 一体どうしたんだと不思議に思うが、紅羽先輩の進行が次に進んだので、意識を切り替えてスライド操作に戻った。




 ◆ ◆ ◆




 その日の放課後は生徒会室で月例会議が行われる。

 仕事のない日は必ずしも生徒会室に来る必要はないので、役員全員が揃う貴重な日でもあった。


 帰りのホームルームを終えて生徒会室に向かおうとする俺に、健介が声をかけてくる。


「おい透、お前のせいでめっちゃ怒られたじゃねえか」


「人のせいにするな。自業自得だ、自業自得」


「ちょ、おい、どこ行くんだよ」


「生徒会室」


 適当に健介の相手をしながら教室を出ると、なぜか着いてきた。


「一応言っておくが、今日は定例会議の日だから紅羽先輩もいるぞ」


「げっ、マジかよ。お、俺部活行くわ」


「……やっぱり来る気だったのか」


 ひょこひょこと間抜けな歩き方で立ち去っていく健介に呆れつつ、北校舎三階の生徒会室へ。


 俺が生徒会室に着くと、すでに二つの人影があった。

 ガチャリと扉を開けて入ると、ロの字型に囲まれた長机の最奥の机に二人は並んで座っていた。


「お疲れ様です」


「あ、透くん、お疲れ様」


「日下部、早いな」


 紅羽先輩と悟先輩だ。

 二人は机の上に教科書とノートを広げていた。


「勉強ですか?」


「そそ。ほら、私たち受験生だから勉強しないとね」


「俺は紅羽に教えてた所だ。……まったく、この学習進度で俺と同じ大学に行けるのか?」


「そこはほら、悟が頑張れば」


「頑張るのは紅羽だ。……真面目にやらないならもう教えないぞ」


「えー、悟は私と一緒に大学行きたくないの?」


「…………ほら、続きやるぞ」


「きゃーっ、やっさし~」


 そう言って、二人はまた勉強を始めた。


 この距離感、この会話、……そう。何を隠そう二人は付き合っている。

 健介の前だと毅然とした態度の紅羽先輩だが、悟先輩の前ではごらんの有様だった。


 二人の邪魔をしないように扉側のテーブル席に着き、俺も勉強することにした。

 二週間後には中間試験があるしな。


 そうして十分以上待って、生徒会室の扉が開いた。


「お待たせっす~」


「どもども~」


 現れた男女の二人組。

 言わずもがな、拓真先輩と綾華先輩である。


 二人は手を繋いで……というか、もうほとんど腕を組み合っていた。

 何を隠そうこの二人も付き合っているわけで。

 生徒会役員五人のうち、俺を除いた四人でカップルが二組成立していた。


 ……ものすっごく肩身が狭い。


「今日は来ないと思いましたよ」


「おいおい生意気だな、このっ」


「い、いたたたた……」


 俺の軽口に、拓真先輩がこめかみをグリグリしてくる。

 しかし俺にだって言い分はあった。


「先輩方、ゴールデンウィーク前、仕事全部俺に押しつけたじゃないですか」


「だって透くん雑務でしょ? あたしは会計で、たっくんは書記。ってことはさぁ、要はあたしたちの部下ってことだよね? なら与えられた仕事はやっとくのが義務だし」


「ひでぇパワハラ……」


 綾華先輩の弁舌に顔をひくつかせる。

 いやまあ雑務は二人の補佐的な意味合いも強いけども!


「まあまあ、話はその辺りで。時間も押していることだし始めるわよ」


 いつの間にか勉強道具を仕舞っていた紅羽先輩が場を仕切る。

 その声におちゃらけていた二人もそして俺も背筋を正し、斯くして月例会議は始まったのだった。




 ◆ ◆ ◆




 会議はつつがなく終わった。

 生徒会室で勉強していくという四人を残して俺は席を立つ。


「いや~、この生徒会もあと四ヶ月か~。寂しいね~」


 そんな時、綾華先輩が緩い感じで呟いた。


 生徒会の任期は一年。

 夏休み明けの二学期に選挙があり、それから翌年の一学期までだ。


 もちろん再選することだって大いにあるが、俺を除いた四人は三年生だ。

 三年生は選挙には立候補できない。


「透くんも今のうちに次期生徒会候補を探しとかないとね。新入生とかに声かけとくのもありだよ~」


 紅羽先輩が楽しげに言ってくる。


「それ、去年の紅羽先輩じゃないですか。いきなり俺を生徒会に推薦して、そのまま無理やり……」


 あれは一年の夏休み明けのことだった。

 元々健介のお姉さんと言うこともあり、空手の道場が同じだった紅羽先輩に唐突に他薦され、なし崩し的に生徒会に入ることになったのだ。


 俺が苦言を呈すと、紅羽先輩はむっとした。


「心外だな。他薦と言っても本人にやる気がなかったら断れるんだから、生徒会に入ったのは透くんの意思でしょ?」


「それはまあ、そうですけど」


 返す言葉もなかった。


「ま、君が私の勧誘を断らなかった理由なんて検討がついてるけどね。透くんの妹の奈々ちゃん、今年入学だったもんね」


「うわシスコン」

 綾華先輩が髪を弄りながら言う。


「え、シスコンじゃんか」

 拓真先輩が愉快そうに笑う。


「シスコンだな」

 悟先輩が眼鏡を押さえながら冷静に呟く。


「うぐっ」


 口々に言われて胸を押さえる。

 これもまた図星で、何も言い返せない。


 笑い合う四人。

 まるで悪魔だ。

 どうやら生徒会には敵しかいないらしい。


「俺のことはいいですから、皆さんは勉強してください、勉強! お疲れ様でした!」


 俺はそう言い残し、逃げるように生徒会室を後にした。

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