第11話 水族館のカフェ
この水族館の売りの一つになるだけあって、イルカショーは圧巻だった。
軽快な音楽と共に、イルカたちとトレーナーたちが流れるように次々と芸を見せてくる。
背の部分に乗ってプールの内周ギリギリを泳ぐパフォーマンスに始まり、水中から飛び上がり、空中で一回転。
複数頭が同時に空中に飛び上がったり、尾びれ以外をほとんど水中から出しての立ち泳ぎなどなど……。
一つ一つの芸で完成が上がる観客席の雰囲気も合わさって、最高の体験ができた。
が、予想通りというかなんというか。
空中へ飛び跳ねる芸が中心だったため、その都度大きな水しぶきが立ち上り、最前列にいた俺たちに襲いかかる。
ショーが終わる頃にはびしょ濡れになっていた。
通路の混雑具合が落ち着いてから席を立とうと、俺たちはショーがを終わってからも少しの間席にとどまっていた。
そんな中、安城さんはショルダーバッグからハンカチを取り出すと、俺のデニムジャケットをポンポンとたたき始める。
「いいっていいって。適当に持っておけば乾くだろうから」
「で、でも……」
「それより濡れてて気持ち悪いでしょ? 早く脱いだ方がいいよ。……ああ、ボタン、外そうか?」
「っ、じ、自分でやります……っ」
俺にそっぽを向く形で、安城さんはもぞもぞと悪戦苦闘している。
ややあって、なんとか脱ぐことのできたデニムジャケットを遠慮がちに渡してきた。
「あ、ありがとうございました……」
「お役に立てたようで何より」
俺は笑いながら受け取る。
水を吸ってずっしりとした重みを感じるが、お陰で安城さんの服は濡れていない様子だった。
安堵しつつ、俺はデニムジャケットを腕に掛けて立ち上がる。
「だいぶ空いてきたし、そろそろ出ようか」
「はいっ」
◆ ◆ ◆
スタジアムを後にした俺たちは、一度カフェで休むことにした。
時刻は16時ごろ。ちょうど小腹も空いた時間だ。
フードコート式のカフェが多い中、俺たちが入ったのはフルサービスのカフェ。
テーブルはそれほど大きくはないが、こじんまりとして落ち着いた雰囲気がある。
壁や天井には色々な生き物のイラストが描かれていて、水族館内のカフェらしくて楽しい。
奥の席へ案内され、早速メニューを見る。
「安城さんは何にする?」
言いながら手渡すと、「んぬぅ……」と唸り始める。
「お兄さんはどうするんですか?」
「俺はこのスムージーと……あとはワッフルかパフェにしようかな。あ、でもこのケーキも美味しそう」
「ふふっ、本当に甘い物が好きなんですね。ななちゃんも言ってました。『おにぃと外食すると絶対スイーツ頼むんだよねぇ』って」
「……まあそれには色々と事情があるんだよ」
「事情?」
メニューの上から安城さんの目元だけが見えるが、その目が不思議そうに細められる。
「あいつ、外食の時すぐに調子に乗ってたくさん頼むからさ。結局食べきれなかった分を俺が食べる羽目になるから、メインの料理は少なめに頼んで、物足りなかったらスイーツを食べるようにしてるんだよ」
「そんなことが……」
「もちろんスイーツ自体も大好きなんだけどね。安城さんもあいつと外で食べるときは気をつけた方がいいよ」
そう言うと、安城さんは首を傾げた。
「でもななちゃん、私とご飯に行くときは無茶な頼み方はしてませんよ?」
「え、そうなの?」
「きっと、お兄さんに甘えてるんですよ」
安城さんはどこか羨ましそうにそう言う。
「……そういう甘え方は勘弁して欲しいけどね」
顎肘をつきながらぼやくが、満更でもない気分だった。
そしてそれは安城さんにも伝わっていたのだろう。
彼女はにこにこと微笑んでいた。
「お待たせいたしました。こちら、ブルーハワイスムージーとドルフィンパフェ、オオサンショウウオアイスココアです」
ウェイターがテーブルに商品を並べていく。
俺が頼んだのは海のような青々とした色味が特徴的なスムージーに、イルカの形をしたチョコが乗っかったパフェ。
安城さんはオオサンショウウオの形にデコレーションされたマシュマロなんかが乗ったアイスココアだ。
それぞれのドリンクの下にはこの水族館をモチーフにしたコースターが敷かれている。
「これ、持って帰ってもいいんですねっ」
思わぬサプライズに安城さんが嬉しそうにしている。
「安城さんのはイルカのデザインか。俺はオオサンショウウオだな」
「っ!」
ピコンと、安城さんのアンテナか何かが立ったのがわかった。
わかりやすい反応に頬を緩めながら提案する。
「もしよかったら、コースター交換する?」
「いいんですか?」
「俺はどちらかと言えばイルカの方が好きだし」
「じゃ、じゃあ……お願いします」
別に今すぐに交換する必要はなかったが、安城さんがその気なので俺はドリンクを持ち上げてコースターを手に取る。
そうしてお互いのコースターを入れ替えた。
それにしても、そんなにオオサンショウウオにはまったのか。
まあ楽しんでくれているのは何よりだし、実際、彼女が頼んだココアに乗っているオオサンショウウオは可愛い。
「あの、写真、撮ってもいいですか?」
「もちろん」
確認の後、安城さんはスマホを取り出してココアをパシャリ。
それからじっと俺の方を見てきた。
「ああ、パフェも撮る?」
「は、はい。……えと、そのままでいいですか?」
「いいけど、俺邪魔じゃないか?」
コースターよろしくパフェも安城さんの方へ渡そうとすると、止められた。
安城さんの席からパフェを撮るとなると俺も映って邪魔だと思うが……。
しかし俺のそんな懸念に安城さんはぶんぶんと首を振って応える。
「だ、大丈夫ですっ。そ、そのままで……」
「まあ、安城さんがそう言うなら」
だいぶ打ち解けることはできたと思っていたが、まだまだ遠慮させているみたいだな。
そんなに気にしないで、それこそ妹みたいに傍若無人に振る舞ってくれていいんだが。
パシャリと、スマホのカメラ音がする。
安城さんは撮り終えた写真を確認しているようだ。
「撮れた?」
「っ、と、撮れました……っ」
俺が訊ねると、安城さんはびくりと肩を震わせて慌てた様子でスマホを仕舞う。
「ぁ、ぁの、いただきましょうっ」
「うん。いただきます」
何かを隠すようなその態度に困惑しつつ、俺はパフェへと手を伸ばした。
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