第7話 返信
長期休暇であるゴールデンウィークに入ったからといって、俺のスタンスは変わらない。
休日はゆっくりダラダラ過ごす。何の生産性もない一日を過ごしてもいいじゃない。
そんなわけで昼頃まで惰眠を貪っている間に、奈々はどこかへ出かけたようだった。
簡単な昼食を済ませ、健介が遊びに来るのを待つ。
「うぃーっす」
かくして、インターフォンを鳴らして健介が現れた。
「おつかれ。今日もサッカー部は午前練だろ? ご苦労様だな」
「いやほんとまったくだぜ。後輩の手本になれーだとかで監督も厳しいしよ」
雑談を交わしつつ、健介は勝手知ったる様子で家に上がってくる。
俺が昼前まで惰眠を貪っていた間、健介はグラウンドを走り回っていたわけだ。
対照的な過ごし方だな、などと思った。
「でもまあそれにしたって透は動かなすぎだけどな。透も運動しようぜ。なんなら部活入れよ。いまだに勧誘されてるんだろ?」
「何度も入んねえって言ってるんだけどな。あいつら二年になってもまだ諦めないんだよ」
「そりゃそうだろ。中学一年の時に空手で全国大会に行った経歴のあるやつなんて、格闘技系の部活からはそれこそほっとけねえって」
そう言いながら、健介はシュッシュッとジャブを放っている。
それボクシングな。
内心で突っ込みつつ、リビングのソファに座った健介を横目にキッチンへ向かう。
「続ける理由がなくなったからな。元々中二になったらやめるって決めていたし。俺って穏健な人間なんだよ。痛いのもしんどいのも勘弁勘弁」
そう嘯きながら二つのコップにジュースを注いでいく。
健介の前に置くと、「サンキュ」と言いながら一気に飲み干した。
ぷはぁと豪快な声を上げつつ、口元を拭いながら健介はにやりと笑う。
「奈々ちゃんが中学一年に上がったらやめる、だっけか? このシスコンめ」
「うるせぇ。お前こそ紅羽さんには頭が上がらないだろ」
「おい姉貴を引き合いに出すのはちげぇだろ」
「目には目を、だ」
軽く小突き合う。
「んで今日はどうする? 神楽のショッピングモールにでも行くか? あそこならあんまり遅くならないだろ」
俺が提案すると、健介は両手を挙げた。
「もう動ける気がしねー。ここでダラダラしようぜ」
「まあそうだな。俺も明日でか――」
出かけるし、と言おうとして俺は口を噤む。
下手に話せば健介に詮索されること間違いなしだ。
口は災いの元。危ない危ない。
「なら久しぶりにゲームでもするか」
「いいね。体を動かした後は頭を使わねえーとな」
腕まくりをしてやる気満々の健介に笑いつつ、ゲームを起動。
すると、俺のスマホが着信音を鳴らし始めた。
「ん、誰?」
「奈々だ。ちょい出るわ」
「おー」
断りを入れつつ画面をタップ。スマホを耳に当てるや否や、スピーカー越しに元気な声が飛んでくる。
『もしもーし? おにぃ、起きてる~?』
「起きてたから出たんだろ。ん、どこいるんだ?」
奈々の声の奥から雑踏が聞こえてくる。
『ん? まあちょっとね。それよりも今大丈夫?』
「ああ。ちょうど健介とゲームしようとしてたところだけどどうした?」
『いやさ、明日あーちゃんと出かけるのに二人連絡先交換してなかったでしょ? 現地でトラブった時に困るかなって思って。今からおにぃにあーちゃんのニャイン送っていい?』
「もちろんいいけど、ちゃんと安城さんの許可は貰ったんだろうな?」
『そりゃもちろん』
「じゃあ頼むわ。用はそれだけか?」
『うん、それだけ。じゃね~、ちゃんと追加しといてよ』
「はいはい」
そう言い残して通話が切れる。
それにしたってなんでこのタイミングで連絡先なんて。まあいいけど。
「奈々ちゃんなんて?」
「あー、まあ大したことねえよ」
健介の何気ない問いに適当に返しつつ、奈々から送られてきた安城さんの連絡先を追加する。
ポンと安城さんとのトーク画面が開かれた。
(『透です。よろしくね』っと)
無難な挨拶を送信すると、すぐに既読がついた。
返信が来たら適当なスタンプでも送ろうと画面を眺めるが、一向に返信が来ない。
まあニャインは用件を話すときにしか使わないって人もいるしな。
俺はスマホを仕舞うと、ようやく健介とゲームに興じ始めた。
白熱したバトルが繰り広げられる中、また俺のスマホが震える。
対戦の合間に取り出して確認すると、安城さんから返信が来ていた。
『有栖です。よろしくお願いします』
俺とほとんど同じ文面に少し笑いつつ、適当なスタンプを返しておく。
それにしても既読がついてから十分ぐらい経っていたが、別のことでもしていたのだろうか。
◆ ◆ ◆
ショッピングモールの一角にあるカフェ。
通路側の椅子に座るあたしは、丸テーブルを挟んで壁側の席に座っているあーちゃんの表情を眺めていた。
「うむぅうむ……」
妙なうなり声を上げながら、あーちゃんはスマホと正対。画面を難しい顔で睨み続けていた。
おにぃにニャインの連絡先を追加されてから向こう数分。
あーちゃんはおにぃへの返信に悩みに悩み抜いていた。
「いいから早く返しなよ。そんな大げさに考える必要ないって。ただの挨拶なんだしさ」
「でもでも、第一印象が大事だって……」
「もうとっくに初対面済ませてるんだからいまさら何を……」
そう言いながらも真剣に言葉を選ぶあーちゃんがなんだか可愛くて眺めてしまう。
こんなに真剣に恋してると、そりゃあ応援しがいがあるってものよ。
「……うぅうう……よしっ」
「お、送れた? ちょい見せてみ」
パッと笑顔を咲かせたあーちゃんの手元を覗き込む。
そこに表示されているトーク画面を見て、あたしは思わず顔を引きつらせた。
「……あれだけ悩んでこれかー」
「だ、だめだったかな?」
「ま、あーちゃんらしくていいけどさー。でもそんなんで明日大丈夫? おにぃと二人きりなんだよ?」
「っ、そ、そうだよぉ……どうしよぉ……」
途端に泣き顔になるあーちゃん。
表情が忙しいなぁと思いながら、「大丈夫大丈夫」と元気づけるのであった。
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