第6話 生徒会室にて
ゴールデンウィーク前日の金曜日は、当然、四月最後の登校日ということになる。
一年の二学期から生徒会役員の雑務として扱き使われている俺は、月末の時期になると忙殺されていた。
北校舎三階の一角に居を構える生徒会室。
狭苦しいその部屋の中央にはよくある長机がロの字型に組まれ、その周囲をパイプ椅子が囲っている。
俺はそのうちの一脚に腰を下ろし、分厚いノートパソコンのエクセル表に数字を打ち込んでいた。
「相変わらず生徒会室は静かだな」
まるでそんな俺を挑発するように、窓際から呑気な声が飛んでくる。
視線を向けると、そこにはスポーツ刈りの赤髪が特徴的ながたいのいい男子生徒――俺の友人である中島健介が立っている。
しれっといるが、こいつは生徒会役員ではない。
「部外者は用がないなら出てけよ。ていうかサッカー部はどうしたサッカー部は。お前仮にもレギュラーだろ」
「仮にもってひでぇな。今は一年同士で紅白中なんだよ。二年以上は五時から開始」
「だからって生徒会室にいる理由になってねえよ。サッカー部の予算減らすぞ」
「おーい! ここに横暴な悪徳役員がいるぞー!」
「やめろやめろ」
窓を開けて外に向かって叫び始めた健介を制しつつ、笑い合う。
なんだかんだ、一人で延々とパソコンに向かっているよりは気が紛れる。
他の役員が来たら速攻追い出されるだろうが。
「お、奈々ちゃんだ」
窓の方を向いていた健介が声を上げる。
「隣にいる女の子は……おお、
「おい待て、なんだその異名は」
キーボードを打つ手を止めて立ち上がり、窓の近くへ歩み寄る。
そうして健介の視線を追えば、確かにそこには奈々の姿があった。
そしてその隣に安城さんもいる。
寄ってきた俺に健介はしたり顔で語る。
「天笠高校二大美女、知らねえのか? 和の日下部、洋の安城。双璧を成す新入生二人の美少女を指してまことしやかに囁かれるこの異名を」
「いや知らん。初耳だ」
「そりゃそうだ。俺らサッカー部で名付けたからな」
「またサッカー部か……」
どうせ部室での話のネタにでもしているんだろうな。
俺が呆れていると、健介は思い出したかのように続ける。
「そういやうちの一年に奈々ちゃんに告ったやついるぜ」
「え、嘘」
「まじまじ。ま、案の定玉砕してたけどな。ほら、奈々ちゃん人当たりいいだろ? 告りやすいんだって」
「へー」
そんなことあいつ一言も言ってなかったけどな。
まあ中学時代も散々告られてたみたいだし、さもありなんか。
「その点、安城はそういう話聞かねえな。やっぱ人間見た目だけじゃねえってことか。こうして見てても取っつきにくそうだもんな~」
「あんまそうやって人を評価するのはやめとけよ。健介は彼女と話したことないんだろ?」
「おいおい、なんだよ急に」
学校での彼女がどうかは知らないが、少なくとも俺は日下部家に遊びに来ている安城さんとなんどもはなしている。
多少人見知りなきらいはあるが、素直で良い子だ。
何より、妹の恋人を悪し様に言われていい気はしない。
ただ、ちょっと強く言いすぎたな。
俺は場を和ませようと話題を変える。
「それにしたってまだ入学して一月かそこらだろ? もう告白なんて早くないか?」
「一ヶ月あったら十分じゃねえか? それにのろのろしてたら先を越されちまうしな。特に人気者は。あとはまあ、ゴールデンウィークまでに彼女欲しいってやつも多いだろ」
「ああ、夏休み前とかでもあるやつか」
彼女と長期休暇を過ごすために、その前に彼女を駆け込みで作ろうとする人は一定数存在する。
それを否定するつもりはない。
恋愛のやり方なんてそれこそ人それぞれだしな。
「そうだ、透。ゴールデンウィークで思い出したんだけど、どっか遊びに行かね? 日曜は部活一日休みだからさ」
「あー、日曜っていうと明後日か……」
またピンポイントだな。
何を隠そう、その日は安城さんと水族館に行く予定になっている。
俺が渋い反応をすると、健介は不思議そうに見てくる。
「なんだ、予定でもあるのか?」
「その日だけな。他なら大丈夫なんだが」
「俺も部活だからなー」
「だよな」
残念だが健介には諦めてもらおう。
「てか珍しいな、透に予定があるなんて。お前、休みは家でダラダラしたいタイプだろ?」
「あー、まあな」
俺はなるべく追求されないよう、穏便に反応する。
しかし、健介は目ざとくそのことを見抜いてくる。
「な~んか怪しいな」
「なんだよ、俺だって予定の一つや二つあるっての」
別に安城さんと遊びに行くことを話して問題があるわけではないが、奈々とのことを知らないこいつに話すと、余計な誤解が生まれそうだ。
ただでさえこいつはおしゃべりだし、サッカー部の話のネタにでもされたらそれこそ目も当てられない。
「ほほう……おい透、俺を見ろ」
「…………」
「何を隠してるんだ? んん?」
「しつけえな。俺は作業に戻る。お前もさっさと出てけ」
俺がそう言った時だった。
生徒会室の扉が開き、凜々しい女性の声が響く。
「そうだぞ、出て行け。部外者は立ち入り禁止だ。――なあ、弟よ」
「げっ、姉貴」
現れたのは長身の女子生徒。
彼女のと登場に健介の顔面が白くなる。
女性にしては高い背丈に、凜とした顔つき。
かわいいとか綺麗という感想よりもかっこいい、と思わず思ってしまう彼女は、現生徒会長にして健介の姉である中島
そして何を隠そう、俺を生徒会に推挙……もとい巻き込んだのも彼女だったりする。
「お疲れ様、透くん。愚弟が邪魔してるようで……んほら、出てく出てく」
「いでっ、いででででっ、姉貴、わかっ、でてくから!」
こめかみをグリグリとされて涙目になりながら、健介は逃げるように廊下へと出て行く。
去り際、俺に「遊びの予定はまたニャインでな」と言ってきた。
◆ ◆ ◆
生徒会の仕事を終えて家に帰る。
玄関先に妹の靴しかないことを確認しつつリビングへ向かうと、奈々はソファに寝転がって何やら雑誌を読んでいた。
「おふぁふぇり~」
ポテトチップスを頬張りながら顔だけをこちらに向けてくる。
「今日は安城さんはいないのか?」
「なになに、恋しくなっちゃった?」
「お前なぁ……」
その問いかけに冗談で「そうだな」と返したら絶対怒るくせに。
もうこれ現代の踏み絵だろ。
呆れ半分、恐れ半分。
自室へ荷物を置きに行こうとした俺に、ソファから声が飛ぶ。
「そだ、おにぃ。ちょっと来て」
「ん?」
「これさ、おにぃはどれがいいと思う?」
そう言って、奈々はソファから起き上がると雑誌の誌面を俺に向けてくる。
どうやら女子の春服コーデ特集らしい。
モデルの女の子が色んな服を着ている。
「どれがいいって、なんだ、俺の好みでいいのか?」
「うん」
「そうだなー……やっぱ男としてはスカートは外せないよな、うん」
「……おにぃ、きもい」
「正直に答えてやったのにひでぇ!」
妹の冷めた目に怯みながらも、俺は誌面の中から一つを選び、指差した。
「ふ~ん、これね……ふんふん」
「なんだ、新しい服でも買うのか?」
「いやーそういうわけじゃないんだけど、参考にしようかなって」
「そういうのは素直に安城さんに訊いた方がいいぞ」
「なんであーちゃん?」
「え?」
「ん?」
……なんか変なすれ違いが起きている気がする。
今後のために安城さんと出かけるときの服を選んでるわけじゃなかったのか?
まあいいか。なんだか納得してるみたいだし。
今度こそ部屋に向かおうとして、俺は足を止める。
「そうだ、明日健介が家に来るけど大丈夫か?」
「うん。明日はあたし、外に出てるから?」
「推し活ってやつ?」
「……うーん、まあそんなところ」
妙に歯切れの悪い奈々の返事を聞きながら、俺は自室へ向かった。
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