第4話 あたし不在作戦
「ご、ごちそうさまでした……っ。美味しかったです」
ちょっといいお菓子と紅茶という、なんとも優雅なティータイムを過ごす。
お菓子を食べ終えた安城さんがおずおずと感想を口にしてきた。
「父さんに伝えておくよ。これも父さんのお土産だから。……っと、安城さん」
「……?」
安城さんの口元にお菓子のクリームがついている。
俺が自分の右頬をトントンと叩くと、彼女は不思議そうに小首を傾げ、やがてものすごい勢いで俺から顔を背けた。
テーブルの上のティッシュを手にとってごしごしと拭っている。
後ろからでも見える耳は真っ赤になっていた。
「それにしても遅いな……」
ティーカップを置いて、壁際の時計を見る。
すでに安城さんが家に来てから小一時間ほどは経過したと思う。
しかし一向に奈々が帰ってくる気配はない。
思わず呟くと、安城さんの肩がびくりと震えた。
しまったな。責めてるみたいに聞こえて怖がらせたか。
ガシガシと頭をかきつつ、どうにか空気を和ませられないかと視線を彷徨わせる。
そこでテレビ台にあるゲーム機が目に付いた。
ゲームでもしてたら帰ってくるだろう。
そう判断して、俺は安城さんに訊ねる。
「帰ってくるまでまだかかりそうだし、パリカでもする?」
「っ! します……!」
年上のよくわからない兄貴からゲームに誘われるなんて迷惑じゃないだろうか。
一瞬そう思ったが、杞憂だったらしく。
口元を拭き終えた安城さんは、胸のまで両手をむんっとしながらこくこくと頷き返してきた。
◆ ◆ ◆
「それじゃあ奈々とはすぐに仲良くなったんだ」
「はい。奈々ちゃんが私の落とし物を拾ってくれて、それで……」
テレビにはパリカのゲーム画面が流れている。
お互いにゲームガチ勢ではないので、ゲームをやりながらの雑談がメインだ。
俺たちの視線はテレビに向いているので、普通に会話をするよりもずっとやりやすい。
お陰で二人の馴れ初めを聞くことができた。
(落とし物をキッカケに一気にアタックか。我が妹ながらやるな……)
ナンパ師も斯くやという見事な手際に舌を巻いていると、隣から視線を感じた。
ちらりと見ると、安城さんと視線が交差する。
「~~~~っ」
だが、すぐに視線を逸らされた。
……ちょっと傷つくが、二人の間に挟まらないことをモットーにしている俺からすれば逆にありがたいのかもしれない。……傷つくけどね。
「おっと」
画面を見ていなかったせいでコースから落ちそうになるカートを一気に引き戻す。
ゲームにガチになっていないとはいえ、適当にやっても面白くないしな。
しかし、妹とこのゲームをするときは大抵ゴール手前で妨害を食らっていた。
ゲーム内ではなく、リアルで。
横っ腹を小突いてきたり、コントローラーに覆い被さってきたり、とにかくめちゃくちゃである。
こうしてちゃんとゲームできるのは随分久しぶりだ。
「わわっ」
突然隣から慌てた声が聞こえてきた。
画面を見ると、安城さんが操作しているカートがコースアウトしていた。
……あそこ、落ちるほど難しいところじゃないと思うんだけど。
不思議に思いながら、俺は大人げなくそのままゴールした。
「もう一回やる?」
「やりますっ」
安城さんとゲームを続けながらさらに話を聞く。
彼女がアニメに詳しいことも知って、色々と納得した。
妹の部屋は正直普通の人からしたら割ととんでもない内装だ。
そんな妹の部屋で、普段安城さんは遊んでいる。
妹も妹で抵抗感なく部屋にあげるものだから不思議に思っていたが、同じアニメ好きなら納得だ。
……いや、それにしたって割ときわどいイラストも多いから怪しいけどな。
「あの、お兄さんに訊きたいことがあるんですけど、訊いていい、ですか?」
そうしてこの二週間ほどの話を聞かせてもらっていると、不意に安城さんがそう切り出してきた。
「俺の? もちろんいいけど、何か知りたいことでもある?」
何気なくそう返すと、安城さんはじっと真剣な眼差しを向けてきた。
……これはもしかして、そういうことなのか?
将来的に俺がお義兄さんになることを見越して、見定めをしておこうというあれか?
これは俺も気合いを入れて答えないとな。
「あの、その……」
ごくり。
「ゎ、私のこと、お、おぼ、おぼぇ……」
「お……?」
口を『お』の形にして、安城さんは固まってしまった。
なぜか顔を真っ赤にしている。
ぎゅっと目を瞑り、何かを勢い任せに訊ねようとしたそのとき。
「たっだいま~」
玄関の扉が開く音と共に、安城さんを待たせてるとは思えないほど脳天気な声が聞こえてきた。
「っ、やっと帰ってきたか」
「……ぁ」
俺は立ち上がって廊下に出る。
ちょうど靴を脱いでいる奈々にお小言を飛ばした。
「遅いぞ、何やってたんだ。安城さん、ずっと待ってたぞ」
「いやぁ~ごめんごめん」
言葉とは正反対に、奈々はぺろっと舌を出しておどけた調子で手を合わせている。
……こいつ、まったく反省してないな。
ため息を吐くと、いつの間にかすぐ近くに来ていた安城さんが声を上げる。
「あ、あの、私は大丈夫なので」
……まあ待たされた当人がそういうならこれ以上はいいか。
二人の関係に過干渉するのもよくないしな。
「それじゃあ俺は部屋に戻るよ。安城さん、ゆっくりしていってな」
「は、はいっ」
お役御免。
無事に妹が帰ってくるまでの場を繋いだ俺は、自室に戻る。
それにしても、さっき何を訊こうとしていたんだろうな。
◆ ◆ ◆
「ふふん、作戦通り。おにぃなら絶対あーちゃんのこと放置しないと思ってたんだよぉ」
おにぃが部屋に戻ったあと。
あたしはリビングであーちゃんに得意げに胸を張っていた。
「で、でも、騙すみたいでお兄さんには申し訳なかったよ……」
「そんなの気にしなくていいって。あーちゃんが遊びに来ても部屋に引きこもってるおにぃが悪いんだし」
あーちゃんとおにぃをくっつける作戦を遂行するために、あたしはあーちゃんを積極的に家に呼んだ。
だけど、事前にそのことを連絡すると、決まっておにぃは家に帰るのが遅くなって。
連絡をやめて鉢合わせるように仕向けても、すぐに自分の部屋に戻っていく。
そんな中で思いついた作戦が、『あたし不在作戦』。
家にあたしがいなくて二人きりになる状況を仕組めば、自然と仲は深まるって寸法。
前期放送の百合アニメで同じような手法でベッドインまでしてたから間違いない。
「それでどうだった? おにぃと仲良くなれた?」
「う、うん。ゲーム……パリカで遊んだり、お話もたくさんできた」
あーちゃんは頬を染めて、嬉しそうに答える。
それだけでこの作戦を立案した甲斐があるってものだ。
「それと……」
「それと?」
何かを言おうとして、そこであーちゃんの口が止まる。
彼女の視線はローテーブル上の空き皿に向かい、それから口角を緩め、少し悪戯っぽい笑みをあたしに向けてきた。
「ひみつ」
「……もーなにそれぇ」
なんだかよくわからないけど、これだけ嬉しそうにしているならきっといいことでもあったんだろう。
なら、追求しなくてもいっか。
「そだ。おにぃに一年前のこと聞けた? あーちゃんと会ったこと覚えてるか」
「……それは、まだ」
「えー、時間はあったでしょ?」
「だって、覚えてないって言われたら……ちょっと悲しいし、それに、今日は楽しかったから……」
「……んじゃ、またの機会ね」
「うん」
こくりと頷くあーちゃん。
何はともあれ、楽しめたみたいでよかった。
あたしが満足していると、不意にあーちゃんはソファの上に置いていたコントローラーを手にとった。
「ね、ななちゃん」
「なに?」
「一緒にパリカしない?」
「へ?」
そう言って、コントローラーの片方をあたしに差しだしてくる。
「私、お兄さんとも仲良くなりたいけど、ななちゃんとも遊びたいから」
「…………もおおおおかわいいなぁぁああ!!」
あたしはコントローラーを受け取ろうとした手でそのままあーちゃんに抱きつく。
すりすりと顔を擦り付けるとくすぐったそうに身を捩っていた。
「よっし、じゃあ夜までパリカ勝負だ!」
「うんっ」
「……ねえ、ななちゃん。ゴール前でコントローラに覆い被さって妨害するのはずるだよぉ」
「うるさいうるさい! 勝てばよかろうなのだ!」
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