第3話 おもてなし

 妹の友だちである安城さんが初めて家に来てから一週間が経った。

 この一週間、彼女はほとんど毎日のように家に遊びに来ている。


 最初の数日は奈々が事前に遊びに来る旨の連絡をくれたので家に帰る時間を遅らせていた。

 だが、なぜか最後の数日は連絡をよこさないものだから、家で何度も鉢合わせることになった。


 それでもすぐさま自室に避難して余計な接触を持たないように努めている。

 ……まったく兄貴の努力を少しは汲んで欲しいものだ。


 遊びに来るとわかっていれば外で時間を潰すのにな。


 なにはともあれ、安城さんと奈々の関係の邪魔をしないという俺の行動は順調に実を結んでいた。

 二人は毎日、家で仲良くできているみたいだ。


 しかし、俺よりも先に妹に恋人ができるとは……なんだか複雑な気持ちではあった。




 ◆ ◆ ◆




 迎えた土曜日。昼過ぎになってリビングに降りると、奈々が何やら出かける準備をしていた。


「どこか行くのか?」


「うん、ちょっと買い物。おにぃは家にいるよね?」


「まあ予定もないしな。ゆっくりしようと思ってるが」


「ちゃんとお留守番しといてね」


「うるせぇ」


 まったく生意気な妹だ。


「いい? ちゃんと家にいといてよ」


「わかったわかった」


 なぜか玄関先でもしつこくそう言われる。

 今時留守番なんて必要ないだろうに。


 妹を見届けてから、俺は遅めの朝食兼昼食を軽く作って食べる。

 それからリビングのソファに寝そべった。


 休日は休む日だから休日なんだ。

 ダラダラするに限る。


 適当に映画でも見ようかと、テレビのリモコンに手を伸ばす。

 そのタイミングで、インターフォンの音が鳴り響いた。


「はいはーい。今出ますよっと……って、あれ? 安城さん?」


 外に向けて声を出しながら玄関の扉を開けると、そこには安城さんの姿があった。


 いつも家に来るときは制服だが、学校のないこの日は当然私服。

 白シャツにデニム柄のオーバーオールがボーイッシュな雰囲気を醸し出す。


 だが、締め付けるようなその服を押し返す豊かな膨らみがなんだかアンバランスだ。

 そしてそのアンバランスさが、彼女の日本人離れした容姿と相まってよく似合っている。


「こ、こんにちは、お兄さんっ」


「こんにちは。ええと、妹は今出かけてるんだけど、何か約束でもしてたのかな?」


 というかこの家に来る理由なんてそれしかないよな。

 俺が訊ねると、安城さんはこくりと小さく頷いた。


 あいつ……っ。


 恋人との約束をすっぽかすなんて何考えてるんだ。


 俺は安城さんに「ちょっと待ってね」と断りながらスマホを取り出した。


「あ、もしもし? 奈々? 今安城さんがうちに来てるけど?」


『あーそういえば遊ぶ約束してたっけ。ごめんごめん、すぐに帰るから』


「そういえばってお前な……。すぐってどれぐらいだよ」


『一時間ぐらい? ま、あーちゃんには家で待っててもらってよ』


「……さっさと帰って来いよ」


『はいはーい。じゃねー』


 そうして通話が切られる。

 ……なんとものんきなものだ。


 スマホを仕舞いながら安城さんへ視線を戻すと、彼女は不安げに俺を見上げていた。

 俺はにっこりと微笑みかける。


「とりあえず、上がりなよ」




 ◆ ◆ ◆




「何飲む? ジュースでもコーヒーでも紅茶でも、大抵何でもあるけど」


 安城さんを家に上げたまま放置、というわけにも行かず、俺は彼女をもてなすことにした。

 元々妹の落ち度だしな。


 安城さんをリビングへ通してから訊ねると、「お、お構いなくっ」とどこか緊張した様子で答えられる。

 ……そりゃあ兄貴と二人きりなんて嫌だよな。

 俺も友だちの家に遊びに行って友だちがいなかったら気まずいし。


 心の中で奈々のことを責めつつ、安城さんの緊張をほぐそうと笑いかける。


「まあまあ、そう言わずに。そうだ、ちょっといいお菓子があるんだよ。妹もいないことだし二人でこっそり食べちゃおう」


「えっ」


「約束をすっぽかした罰だよ罰。二人だけの秘密な」


「っ、……いただきます」


 おっと、意外にも罰という言葉に食いついてきた。

 ……そりゃあ怒ってるよな。


 この後の修羅場を想像して奈々の健闘を祈りつつ、目当てのお菓子を取り出す。


「ぁ、て、手伝いますっ」


 弾かれたように動き出した安城さんがキッチンへ向かってくる。


「いいからいいから、お客さんは座ってなよ」


「い、いえっ。ご迷惑をかけるわけには……」


「……なら、飲み物を何にするか選んでくれる? ジュースなら冷蔵庫、紅茶とかはそこの戸棚に入ってるから」


「は、はいっ」


 ぱぁっと表情を明るくし、安城さんは戸棚の方に向かった。

 そうしてがそごそと探しながら、感嘆の声を零す。


「ほ、本当にたくさんあるんですね」


「うん?」


「紅茶の種類、すごくたくさんあってどれがどれなのかわかんないです」


「ああそれね。父さんが仕事柄国内外問わず色んなところに出張に行くんだけど、そのたびにご当地の茶葉とか買ってくるんだよ。そのくせ本人はあんまり家にいないから溜まっていく一方でさ」


 苦笑しながら言うと、安城さんも控えめにくすりと笑った。


 飲み物はよくわからない品種の紅茶になった。

 お湯を沸かしてポットで抽出する。

 その間、安城さんはリビングにティーカップとお菓子を運んでくれた。


 むらしを終えた紅茶をティーカップへ注いでいくと、いい香りが鼻腔をくすぐる。

 休日の昼下がり。なんとも優雅ではある。

 問題は安城さんと二人きりというところだが。


「砂糖とミルクは自分で入れてね」


 そう言いながら、俺は自分のティーカップにたっぷりの砂糖とミルクを入れる。

 紅茶愛好家の人が見たらやれ紅茶の風味がどうだの味わいがどうだのと言われそうだが、幸いこの場に愛好家はいない。

 存分に甘くさせてもらおう。


「お兄さんは甘いのが好きなんですか?」


 あまりにもたっぷり入れているからか、安城さんが驚き混じりに言ってきた。


「うん。コーヒーでもなんでもたくさん入れる派だね。子ども舌なんだよ」


「少し意外です。お兄さんはコーヒーをブラックで飲んでると思っていたので」


「昔は格好つけてそうやって飲んだときもあったけど、今はすっかり。見栄よりも味だよ、味」


「ふふっ」


 俺のくだらない話を安城さんは笑ってくれる。

 よく笑う子だ。


 そんなことをぼんやりと思いつつ、俺たちはお菓子と紅茶に舌鼓を打った。

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