マタ、ミツケテネ (3)

 あれから、二週間が経った。

 社内ではすっかり、我が家のように寝そべっているコタローにも、慣れてきた。それにしても、動物が居るというのは、良いな。見ているだけでも、癒やされる。まあ、僕にしか、見えていないのだけど。事務所で、猫とか一匹居たら、違うかな。いや、見入ってしまって、仕事にならないか。

 なんて、ぼんやりと考える。

 コタローがここから居なくなったら、少し、寂しいな――

 そんな事を、思った。


「じゃあ、社長、お先に失礼します」

「あ、中山さん、お疲れ様でした」

 落ち着いていた今日は、定時で皆あがって行く。僕も今日は、久し振りにゆっくりしよう。

 皆、退勤した事を確認し、コタローと共に、居間へ上がる。

 簡単に夕飯を済ませて風呂に入り、久し振りにビールでも飲もうかと、缶のプルタブを空けた。一口、口に含んだ所で、コタローは、ハッと起き上がり、耳をそばだてる。


「どうした?コタロー」

(オニイチャン!ヒロトクンダ!ヒロトクンガクルヨ!)

「えっ?ヒロトくんが来るって?」

 僕の問いかけにも答えず、居間から事務所への出入り口を、早く開けろと言わんばかりに、コタローはブンブンと尾を振り回している。

「ちょっと、コタロー、落ち着いて」

 ――ピンポーン、ピンポーン

 ついに、その時がやって来た。


「夜分に、すみません。突然、お邪魔して」

 若いが、礼儀正しいヒロトくんはそう言って、社の応接間のソファに腰を下ろした。

 僕は、淹れたてのお茶をヒロトくんに出し、ソファに腰を下ろす。

「いつでも来て下さいと言ったのは、こちらですから、気にしないで下さい」

 返答したのは良いが、少し気不味いな。どうやって、話そうか。思いあぐねて居ると、ヒロトくんが、先に切り出してきた。

「それで、あの…コタローの事は…どうやって、知ったんですか?…誰かに聞いたとは、思えないし…あの時…コタローは、僕の近くに、居たんですか…?」

 ああ…ヒロトくん…君は、コタローの言う通りの人だね。

 僕は、正直に、話すことにした。

「ええ。あの日、嬉しそうな顔をしながら、ヒロトくんの足元に、コタローは、ちゃんと、居ました」

 ヒロトくんの目から、涙がこぼれ始めた。

「…コタローは、僕が小学2年の時に、父の友人の所で生まれたんです…犬が欲しくて、一匹だけ引き取ったのが、コタローです…小さい頃だったから、秋田犬だとか、犬種なんてよく知らなくて…あんなに大きくなるなんて思って無かったから、コタローなんて、名前…つけたんですけど…」

 僕は、真剣に、ヒロトくんの話しに、耳を傾ける。

「毎日、楽しかったんです…コタローと居るのが、毎日。小学4年くらいの時に、友達と、コタローと、川に、遊びに行ったんですけど…友達が、溺れそうになってたのを、僕は気付かなかったんですけど…コタローが、助けてくれたんです…でも、岩肌で、友達の顔が傷付いて、出血して…友達は、パニックになってたからか…コタローに、噛まれたって、友達と、友達の親が、家に来たんです…」

 コタローが、話していた内容だった。何とも、腹立たしく思えた。

「僕は、コタローは悪くないって言ったけど…誰も、聞いてくれなかった…その友達の親にも、そんな犬、処分して…なんて言われて…小さな街だから…隠すこともできなくて…そうしたら、家の親…ある日、コタローを、連れて行っちゃったんです…保健所に…守って…あげられなかった…コタローの、こと…僕は…!」

 そうか…辛い想いを、してきたね。

 ずっと、その想いを、抱えてきたんだね。

 コタローも、心配そうに、ヒロトくんのそばで、ヒロトくんを、見つめている。

「…ヒロトくん。変に、思わないで欲しいんだけど。今から、僕の言う通りに、してくれるかな。僕の腕に、触れてみてくれる?」

「…え?」

 予想通り、ヒロトくんは驚いたが、僕は気にせず、行儀悪いのを承知でテーブルに腰掛け直し、ヒロトくんに近付いた。

 戸惑いながらも、僕の腕にそっとヒロトくんが触れた。

(ヒロトクン!)

「うわあっ!!」

 ヒロトくんは、僕から手を離し、ソファの上に飛び乗った。

「い…い、今の、コタ…ロー…居ない…ええ…?」

「ちゃんと、説明しなくて、ごめん。ずっと、コタローを預かって居ました。ヒロトくんが来るのを、ここで、一緒に待っていました。そして、僕に触れると、その姿が、見えます」

 夢か現実か分からない表情で、ヒロトくんは少しの間、微動だにしなかったので、僕らは、待った。

「…会いたいです。コタローに」 

 突然、我に返った様子で、ヒロトくんは居住まいを正し、もう一度、僕の腕に触れた。

(ヒロトクン!アイタカッタヨ!)

 コタローは、ヒロトくんに飛び付いた。

「あっ、はは…!コタロー…!コタローだ…!」

 ヒロトくんも、たちまち笑顔になった。

 涙は、流れたままだったけれど。

 その涙を、コタローは、一生懸命舐めている。

(アノネ、ヒロトクン!ボクネ、ホケンジョ?ッテイウトコロ、イッテナイヨ!)

 コタローは、笑顔のような顔で、話し始める。

「え…?どういうこと…?」

 初めて聞く内容に、ヒロトくんは、困惑していた。

(ヒロトクンノ、オトウサントオカアサンガ、トナリノマチ二スンデタ、パパトママノトコロ二、ボクノコトツレテイッタノ!)

「え…どういう意味…?え…?」

 ヒロトくんは、僕に視線を向ける。

 僕は、ヒロトくんに向けて頷き、コタローの説明不足を、補う。

「ヒロトくんの御両親が、コタローを貰ってくれる里親さんを探して、そちらにコタローを託したようです。保健所に行ったと嘘をついたのは、きっと、ヒロトくんが話してしまったり、また周囲の人から色々言われたりすることを、避けたからではないか、と、コタローが言っていました」

 ヒロトくんは、落胆していた。

「御両親は、コタローに別れ際、謝っていた様です。何度も、何度も。ごめんね。守ってあげずに、ごめんね、と」

「そう…だったんですか…僕は…一人っ子で…本当に、コタローの事が、大切だったんです。かけがえのない、家族、だったんです…両親とも、それ以来ギクシャクして…必要な事以外、話すことも、避けていました…」

「コタローくんは、御両親との仲も、心配していましたよ。皆、悪くない。だから、仲良くして、と」

 コタローは、ヒロトくんに擦り寄った。

(ヒロトクン!タクサンアソンデクレテ、アリガトウ。ボクネ、チガウトコロデモ、チャント、シアワセダッタヨ!ホントハ、ヒロトクント、ズットイッショガヨカッタケド)

 コタローは、真っ直ぐにヒロトくんの目を見て、伝える。

(オトウサント、オカアサント、ナカヨクシテネ。ボクネ、ヒロトクンノコト、ダイスキダヨ)

「コタロー……!」

 ヒロトくんは、片手でコタローを、思い切り抱き締めた。

(…ヒロトクン…ボク、モウソロソロ、イカナクチャ…ヒロトクン、ボク、ウマレカワッタラ、マタ、ヒロトクン、ミツケテクレル…?)

「……ああ…!見つける…!ちゃんと、コタローの事、見つけるよ…!」

(…ヨカッタ!ヒロトクン、チャント、ミツケテネ…マタネ、ヒロト…クン…オニイチャンモ…アリガトウ…)

「コ、コタロー…!」

 コタローは、笑顔の様な表情で、ふわっと、居なくなった。


「…ありがとう、ございました…」

 落ち着いてきた様子で、ヒロトくんは言った。

「帰ったら…両親と、久し振りに、話してみます。周りの人は、たかが犬なんかでって、思う人も居るかもしれないけど。本当に、コタローは、かけがえの無い存在だったんです。でも、さっき、コタローと、約束したから。コタローが、生まれ変わったら、ちゃんと、見つけて。今度こそ、ずっと、一緒に居ます」

「誰も、そんな事、思いませんよ。大切だったって事、僕は、分かります」

 そう伝えると、ヒロトくんは、微笑んだ。

「また、ここに来ても、良いですか?…迷惑じゃ、なければ、ですけど。コタローの事、知ってる人ができたの、嬉しくて」

 僕は、勿論、と、返事をした。


 ――――帰り際、外に見送りに出ると、ヒロトくんは深々とお辞儀をし、車に乗り込んだ。ヒロトくんが乗った車は、どんどん、どんどん、小さくなって行った。

 空を見上げると、とても、星が綺麗な夜だった。

『動物は純粋だから、人間に比べると、輪廻転生が早い。』

 昔、何かの本で読んだことがある。

 もし、それが本当ならば、コタローとヒロトくんは、いつかまた、出逢えるだろうか。

「…早く、出逢えるといいな」

 

 どうか、その時はずっと、一緒に居られますように。


 



 

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紡ぐ 三浦 彩緒(あお) @sotocamp2022

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