マタ、ミツケテネ (2)

「…所で、伝えたい事って、何?」

 周りに人が居ないか確認しながら、小声でその真っ白な、大きな犬に向かって話し始めた。

(ボクネ、コタローッテ、イウンダヨ)

「え?伝えたい事って、それ?」

(ウウン、チガーウ)

 可愛いけれど、長くなりそうだ…。そして、読解力が必要そうな案件だな、と、僕は、腹をくくった。


 コタローの話しは、横道に反れながらも、いよいよ本題に入れそうな所まできた。

「それで、その、ヒロトくんには、何を伝えたいの?」

 するとコタローは、考えながらも、やんわりと、しかし、しっかりと、話し始めた。


 話しを、聞き終えて――――

 哀しさと、切なさとが入り乱れ、胸が苦しくなる。

(オニイチャン、ナイテルノ?ボク、カナシクナイヨ。シアワセダッタヨ)

「……ああ…。そうだな…。幸せだったんだな。」

 そう答えた僕は、コタローの頭と顔を、ゆっくりと、撫でた。

 しかし、どうやって、伝えようか。

 今日、ここに居たという事は、予約の入っていた御家族の内、何処かには居るはずだ。しかし、もう帰ってしまっただろうか。

 確認するにも、どうやって…場内、あちこち探す…ああ、もう、怪しまれるよなあ…だけど、何処かで見たことも有る様な、無い様な…

 考えれば考える程、頭が痛くなった。


 無事に火葬が終わり、骨上げの時だった。

 先程の男性が居た。そうか。通夜には居なかったが、僕は、告別式で見かけて居たのか。

 故人の、孫にあたるのか?それにしても、その場に居る両親と思われる人達とも、距離があるような雰囲気を、感じるけれど…。

 まあ、いいか。これで、一つ目はクリアした。

 安堵しながらも、次は、どうやって伝えるかについて、悩み始めた。

「ちょっと、識。変だよ?全然戻って来なかったし、何か、あった?」 

 小声で言いながら、海月は、僕の腕を肘で突っ突いてきた。

「あ…いや、うん…帰ったら、話す」

 そう答えて、男性を見逃さないように、集中した。


 男性が出口へ向かおうとしている所を、何とか引き止める事に成功した。ついさっきの出来事のおかげで、再度声をかけた僕に対し、身構えて居るが、仕方無い。

「それで、話しは、何なんですか?」

 ああ、そうだよな。そう、くるよな。

 端的に伝えようと、務める。

「あの…ですね…真っ白な、秋田犬みたいな大きな、コタローくんが、あなたに、伝えたい事があるそうです」

 ……!!男性は、又、目を見開いた。

 端的どころか、直球過ぎた。ああ、でも、言ってしまった以上、もう、引き返せない。

「何で、名前…コタロー…何で、知ってるんですか…」

 僕はそっと、名刺を差し出す。

「もし、聞いて頂けるのでしたら、いつでも構いません。こちらにどうぞ、いらして下さい。お待ちしております。では、失礼致します――」

 そう。きっと彼にも、色々と整理する時間が必要だろう。

 でも、きっと来てくれる。

 僕と、今は僕の隣に居るコタローは、信じて待つ事にした。


 ――社に戻る車中は、案の定、海月から質問の嵐だった。

 

 僕は、物心ついた時から、亡くなった人が

 幼い頃は、当たり前に目の前に存在しているものと思っていたし、生きている人間と、区別が付かなかった。そのため、周りの人達からは、親の居ない子だから、興味を引こうとして言っているのだと言われたり、気味悪がられたりもした。酷い時は、虐めの対象になった事もあった。

 そんな日々の中で僕は、と、。ほんの僅かな違いが、分かるようになった。

 僕が引っ越して来てから、近所だった同じ学年の海月とは、直ぐに仲良くなった。

 今までは、何を言われても、何をされても、僕以外に迷惑はかからなかっただろうけれど、今度は違う。失敗は、できない。じいちゃんとばあちゃんを、悲しませたくないし、迷惑をかけたくない。

 そんな気持ちから、毎日、気が張っていた。

 でも、ある日。

 海月に、見られたのだ――

 

 海月と海で遊ぶ約束をしたが、先に着いたのは、僕だった。海月が来るまで、砂浜に座り、細い流木で絵を描いていた。

「識くん」

 いつの間にか、僕の前に海月のおばあちゃんが立っていた。

「あ、海月の、おばあちゃん」

 砂浜に、影は無い。そう。二週間前、海月のおばあちゃんは亡くなっているのだから。

 恐怖感は全く無い。僕は、海月のおばあちゃんが、大好きだった。

「ねえ、識くん。海月と、いつも仲良くしてくれて、ありがとうねえ」

 それは、こっちの台詞だ、と思った。海月は、いつも、僕と一緒に居てくれる。勿論、クラスの友達は、殆ど仲が良かった。

「識くん。海月はね、私が逝ってしまってから、毎日、泣いてばかりだから、心配でね」

 そう言いながら、僕の隣に、おばあちゃんも座った。

「――海月に、伝えてくれるかい?」

 おばあちゃんは、海月に渡したい物があるのだと言った。

 それは、おばあちゃんの大切にしていた、ネックレスだと言う。

「海月が小さい頃、欲しい、欲しいと、せがんできてね。まだ小さかったから、きっと失くしたり、壊してしまうんじゃないかと思って、隠してあるの。元々、海月にあげようと思っていたのだけれど。場所はね、箪笥の二段目の、奥。箱のまま、花柄のスカーフにくるんであるの」

「うん、分かった。ちゃんと、海月に伝え――」

「識くん…?誰と、お話ししてるの…?」

 返事の途中で、海月の声がした。

 驚いて振り返ると、目に涙を浮かべていた。

 見られた…ああ、これでまた、前のような生活になるのかと、諦め始めた時。

「識くん、おばあちゃん、そこに居るの…?」 

 そう言って、海月は僕の後ろに座った。海月の表情に、僕に対する恐怖の色は、無かった。

 だから、正直に答えた。

「うん、ここに、おばあちゃんも座ってる。海月に、渡したい物があるから、僕から伝えてって」

 そして、海月が無意識に、僕の腕を掴んだ時――

「おばあちゃん!見える、見えるよ…おばあちゃん…会いたかったよ…!」

 海月が、何を言っているのか、分からなかった。海月も、のか…?

「海月、ごめんねえ。寂しい思いを、させたね…」

「…うん、おばあちゃん、寂しいよ…凄く、寂しい…」

「海月、よく聞いて。海月に渡したい物があるの。場所は、識くんに話したから、後で、ちゃんと聞くんだよ。それとね、海月。海月には、おばあちゃんだけじゃない。お母さんもお父さんも、識くんも居る、お友達も居る。皆、海月を大好きで、大切に、想っているんだよ。おばあちゃんは、もう、海月のそばに居てやれないけれど、ちゃんと、見守ってるからね」

 おばあちゃんは、海月の頬を、両手で優しく、そっと包んだ。

「識くん。海月が私をのは、識くんを通して、だよ。もしかすると、識くんに触れると、のかもしれないね。識くん、海月を、宜しくね」

 微笑みながら、おばあちゃんは僕の頭を、優しく撫でた。

「ああ…二人に、会えて良かった。…じゃあ、おばあちゃんは、行きますからね」

「い、今まで…!ありがとう…おばあちゃん…!」

 僕は、泣きながら、そう言った。

「おばあちゃん!大好きだよ!…会えて…良かったよ!ありがとう…!おば…あ…ちゃ…」

 海月も、声を振り絞り、最後には、声にならない声で、泣きながら、そう言った。

 おばあちゃんが座って居た場所は、いつも見ている、青空と、海と、砂浜の景色に、戻っていた。

 

 それ以来、海月を含めて数人しか、僕が人間だという事を、知らない。

 きっと海月は、その事が無かったとしても、信じてくれたのかも、しれないけれど。


「――それで、後ろの席に…その…大きなモフモフのコタローくんが、居るの?」

 話しを聞き終えた海月の目は、興味津々の、見たくてたまらない、という表情だった。そして、僕は、悟る。

「…どうぞ」

 僕の腕に、海月が触れる。

「……うわあー……どうしよう、どうしよう!可愛い過ぎる!」

(ワン!)

「わあ!コタローくん!ワンって言ったよ、識!」

 …いや、話せるだろ、と、心の中で突っ込みながら、僕と海月と、コタローは、社に到着した。


                  続く



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