エピローグ

「正解!猫は松島 緋奈子様です。これにより松島様は失格となります」

「明壁 様には賞金10万円を進呈します。引き続き課題に挑戦されますか?」と八木が続ける。

「僕は棄権します」

 一同ざわついた。

「あっくん、どうして?」

「ごめん、驚いたよね。全部説明するよ」

「八木さん、待合室をお借りしても良いですか、ヒナ、えっと松島さんと話がしたいんで」

「許可いたします」

「僕たちにも聞かせてもらえるかな」と東さんが言った。

「はい」

 結局、その場にいた全員が待合室に集まった。

「賞金は山分けって事で」むくれるヒナに声をかけたが、何も答えない。

「初めからこれがあなたたちの作戦だったのかしら?」上座に座る布留さんが穏やかにそう問いかける。

「違います。私が一番びっくりしてるんです。ねぇあっくんどう言うこと?」

「ごめん、こうするしかなかった。僕があの時君を猫と言わなければ、梢さんに当てられていたよ」

「やっぱりバレちゃってたか」梢さんが笑みを浮かべて言う。

「何で?あっくんはいつから気付いてたの?」

「最初から」

「最初?」

「そう、門扉の前で出会った時。最もこの時点では『猫』という設定はまだなかったけどね」

「何で?」

「ヒナはあの時僕のIDカードを見てこう言った『信くんって言うんだ。じゃあ、あっくんでいいかな』ってね。初見で信をあきらと読める人は珍しい、ふりがなも振っていないのにね。だから、僕のことを事前に知っているんだと思った」

「でも、それだけじゃ分からなくない?」

「それだけじゃないよ。前に言ったよね。参加者は干支に準えられていると」

「でもそれって違うんじゃない。だってヤニ男、じゃなくて村田さんが失格した時は、炬燵でフグ汁とか言ってたけど」

「フグは河の豚と書くんだよ。豚が入っている」

「干支に豚なんてないじゃん」

「干支は日本だけじゃなくアジアの国々にもあるんだけど、他の国は猪ではなく豚なんだ。ヒナは小林建設のホームページ見てないかな?創業者は中国人か台湾人か分からないけど、そんな名前だったよ」

「山下さんの朝三暮四は?」

「その三と四はエサの数、それを貰っていた動物は猿だよ。高塚さんは自らを『馬』に準えた。つまり、猫はまだこの中にいると言う事だよ」

「待って、でもまだ東さん、梢さん、大樹さんもいるのに何で?」

「その三人はお互いが猫でないことをわかっている。おそらく兄弟なんだ」

「よく分かったね。僕と梢は双子の兄妹、大樹は僕らの兄さんだ。両親が離婚して、僕らは母方の姓を名乗ってた。梢は去年結婚したから苗字が変わったけどね。その母も先日亡くなって、今回のイベントに招待された」

「梢さんは、東さんが僕のことに興味を持っていると言ってた。高塚さんが脱落した時に、ヒナ、松島さんが猫だと確信したんだ」

「でも、待って待ってまだ布留さんがいるじゃない」

「それは一番あり得ないよ。布留さんは、小林 双葉さん。小林建設の会長さん。そうですよね」僕は布留さんに問いかける。

「続けて」布留さんはその問いに答えることなく先を促した。

「勝ち気で年上の人にも物怖じしない梢さんが布留さんの言う事を文句一つ言わずに従っているのも僕の仮説の裏付けになりました」

「勝ち気は余計よ」梢さんが言う。

「会長なら、偽名のIDカードも用意できる。”三瀦みずま 布留ふる” という名はアガサ クリスティの代表シリーズ『ミス マープル』をもじったものだとピンときた。三角クジに書いてあったアガサ クリスティを連想させる英文もあなたの遊び心だったんですね」

「そうよ、あのクジは1をどうしようか悩んだわ。それで、あらかじめ1のクジを握り込んで私が引いたように見せようと思ったんだけど、あの子、武尊君がぶつかった時に箱の中に落としちゃったの。武尊君がそのクジを引いて気の毒だと思ったわ。だからこっそり答えを教えたの。嘘の理由と一緒にね」

「でも、だからって棄権なんてしなくてもいいじゃない。最後の課題もあっくんは分かったんでしょ?」

「答えはわかった。でも僕が答えるべきじゃないと思った」

「何で?」

「会長と社長のなつめさんも、この三人に協力して会社を経営して欲しかったんだ。大樹さんは父方で、これまで会社を支えてきた。そこに母の死をきっかけに、久しぶりに現れた弟妹と共同経営していくという提案を受け入れられなかったのではないですか?」

 大樹は黙って腕を組んでいる。

「何でそこまで」ヒナが不思議そうに言う。

「ホームページを見た時に思った。この会社は社長が交代するたびに社名を変えている。そして近々社名変更の予定があると。もちろんそれは社長が交代すると言う意味とは限らないけど、その可能性もあると思った。仮称の『フォレスト』は森と言う意味。三人の名前の部首は『木』だしね」

「東の部首って木だったんだ」とヒナ。

「その意味に気付いたきっかけは布留さんの『森は三人』と言うメッセージなんだ」

「そんなこと言ってたっけ?いつ?」


「『紅葉もみじ』が色づくのはまだ先、『リンゴ』の旬も秋だけど年中食べられる。それもいいけど待つことも大事よ。私は『ハガキ』を出す時に季節を表す絵を描くの。始まりは『桜』、『おしまい』は、ポインセチア。『日本』の四季は素晴らしいと思わない?さぁ年寄りの長話は『おしまい』」

 布留さんはあの時のセリフを一語一句間違えることなく言った。


「最初に待合室でフォネティックコードについて話してたよね。あの時は大樹さんに遮られて言えなかったけど、同じようなものが日本にもあって通話表と言うんだよ」


「あなたの言う通りね。それで知恵者を集めたこのイベントを開いたの。それをきっかけに三人が協力するんじゃないかと淡い期待を込めてね。最後の課題にはそのメッセージを込めたのだけど、あなたにはそれも見えていたのかしら?」

「はい、高塚さんは2つの旗を重複させる方法をとった。それはあたかも、東さんと梢さんのようです。だけど、それだけでは解決できない。そこに、旗を重複させない単独の旗が必要だったんです。僕にはそれが大樹さんのことを表しているように見えました。あと、八木さんは三人のお父さん、棗さんではないのですか?梢さんはあなたにも逆らわなかった」

「人のことをどう言う目で見てるのよ」梢さんが言う。八木さんは軽く頷いた。

「本当に全てわかっていたのね。中山、猫ちゃんにも賞金10万円を包んで差し上げて」

「そんな私、失格なのに」

「いいのよ、いいパートナーを持ったわね」


 帰り支度を終えて、僕らは玄関の前に立った。一同に向き直って言う。

「お世話になりました。これは世間知らずのガキの戯言たわごとですけど、『森は三人』僕もそう思いますよ。それじゃ失礼します」

「やっぱり君は面白い」東が言った。

「じゃあね」と梢。

 棗さんと双葉さんは頭を下げた。僕たちが背を向けると大樹さんの声が聞こえた。

「おい」

 その声に振り返る。

「手間かけさせたな」

 僕は微笑みでその言葉を受け止めて館を後にした。


 やっぱり、あっくんはあっくんなんだ。お人よしで優柔不断なとこもあるけど、それも彼のいいところなんだ。結局あっくんの目に私はどう映っていたのかな?

「ねぇねぇ名探偵さん、私が今何を考えているか当ててみて」


条件不足でわからないよ」

その名探偵は微笑んだ。

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