another view - もう一つの視点
小林建設モニター前日
「お父さん、どうだった?」
「ダメだ、今日のフライトは全便欠航になった。明日の早い便を取れたから昼くらいには着けると思う。あとは空港の近くでホテルを探さないとな」
「えー、そんなの困るよ。明日絶対行きたいモニターのバイトが午前中にあるのにー」
「緋奈子、そんな事言ったってしょうがないでしょ。お母さんだって友達との約束があったんだからね」
「今からその会社に電話したらどうだ?ひょっとしたら時間変えてくれるんじゃないか?」
「お父さん頭いい!うん、かけてみる」
「お電話ありがとうございます。小林建設の加藤です」
「もしもし、あの私明日の11時半にモニターの予約してる松島です。今北海道にいるんですけどフライトが欠航しちゃって帰れないんです。それで、お昼以降の時間に変更できませんか?」
「申し訳ありませんが、全て埋まっております。確約はないのですがまた次回の募集の際にお申し込みいただければとご提案いたします」
「そんなー、何とかなりませんか?」
「お約束はできないんですが、つい先程13時半の枠を申しこまれた方がみえまして、その方に松島様と交代していただけないかと問い合わせてみます。もし先方に了承していただければ13時半の枠をご提供できます。駄目だった場合は、追加募集があった際に優先的にご案内すると言う事でいかがでしょうか?」
「ありがとうございます!それでいいです」
「はい、では先方に確認いたします。確認が取れ次第折り返しいたします」
「ありがとうございます!」
何とか繋がった。どうなるかまだわからないけど。
ホテルに移動中、加藤さんから折り返しの電話がかかってきた。
「先方が了承してくださいましたので、13時半にご案内可能です」
「ありがとうございます。それでお願いします」
「それでは、お待ちしております。お気をつけてお越しください」
ほっと胸を撫で下ろした。でも余裕がないかもしれないから安心できないけど。
小林建設モニター当日
フライトは時間通りに到着した。空港線の特急に滑り込み押っ取り刀で小林建設へと向かう。一旦家に帰ってる暇はないけど、直接行けば余裕で間に合う。
「お父さん荷物お願い!」
「ああ、気をつけてな」
コンビニでおにぎりとお茶を買って、小林建設へ走った。受付に着いた時間は12時45分。
“休憩時間12時〜13時 御用の方はロビーでお待ち下さい”との案内板が置いてあった。
ロビーのソファーに腰を下ろしたら、安心感からかお腹がなった。
「お腹空いた」
知らないところ、知らない人たちの中で食べるのは恥ずかしくてトイレで食べることにした。
トイレの個室でおにぎりを頬張りお茶で流し込む。出ようとしたら、外から女性スタッフの話し声が聞こえて、何となく出るタイミングを逸してしまった。
「ねぇ絵美、例の選考会の代表決まったっていう話聞いた?」
(選考会って私が申し込んだモニター?)
「え、もう?誰?」
「明壁 信君。ほら、午後の部から午前の部に替わってくれた子」
(あすかべあきら その人が私と代わってくれた人?)
「あ、さっき来てた子ね。でも100人の中から選ぶんじゃなかったっけ?まだ半分も終わってないでしょ?」
「ちょうど今日で半分。佐藤さん喜んでたよ。追加募集しなくて良かったって」
「どう言うこと?」
(どう言うこと?一体何の話をしているの?)
「私も詳しくないんだけど秘書問題っていうらしいよ」
「秘書問題?」
「うん、お見合い問題ともいうんだけどね、大勢の中から最も優れた人を最小手数で選ぶ方法なの」
「何それどうやるの?」
「まずは、全員の数を自然対数eで割って…」
「待って待って、日本語で言って」
「日本語だけど。
「無条件ってひどくない?」
「でも単に断るんじゃなくて、その中で一番優れた人を基準にするの。あとはその人より優れた人がくるまで断り続けることでその確率を最大にできるの」
「でもそれって断った中に一番いい人いたらダメじゃん」
「そう。だから絶対ではないの。でもそれが最善手なのよ」
「でもさでもさ、午後の部の人たちはどうするの?」
(それって私じゃん)
「求人に書いてあったでしょ。パソコンの入力作業よ。モニターは会社の利益につながらないから、合格者が出た今ずるずる続けるよりそっちをやってもらった方がいいってことじゃない?」
「ずいぶんドライね」
(ひどい)
「でもいいんじゃない?私たちも通常業務に戻れるし」
「それもそうかもね」
女性スタッフが出て行ったあと私は個室から出た。私はこんなに真剣に臨んだモニターだったのに、もう代表者は決まった。それも元々私が受けるはずだった時間帯で。
休憩時間が終わり、受付に行った。
「松島様ですね。お待ちしておりました。本日の内容はパソコンの入力作業となりますので、こちらの手順書をご覧いただけますか」
「秘書問題で代表者が決まったから、もう私は用無しですか?」
女性スタッフが驚きの表情を見せて言葉に詰まった。
「佐藤さんに会わせてもらえますか」
「お待ち下さい」
女性スタッフがドアをノックする。
「松島様をお連れしました」
「どうぞ」
「松島です。私にもチャンスをもらえませんか?」
「例えば今ここで皆と同じ問題を君に出題したとする。そこで代表者より劣っているから不合格だと言ったら君は納得できるだろうか?初めから不合格にするつもりだったんだと思うんじゃないかな?それに決定した代表者に取り消しなんて言えない。本戦での枠数は決まっている。私の一存ではどうにもならないということだよ」
その時、佐藤さんのケータイが鳴った。
「すまない、ちょっといいかな会長からだ」
「もしもし、ああご存知でしたか、お耳が早い。え?それでよろしいんですか?いえ、私は異存ありません。では、失礼します」
「聞いてたと思うけど、会長が特別に参加を認めてくださった。ただ、この事は他言無用だよ」
「ありがとうございます!」
双葉館前
図らずも本戦の切符を手に入れた。分かっている明壁 信くんは悪くないことを、むしろ私のために時間を融通してくれた事には感謝している。でも心の中にあるモヤモヤを消す事ができなかった。一体どんな人なんだろう。気になって、2時間以上前に双葉館に来てしまった。正面にある喫茶店の窓際の席に座り彼が来るのを待った。
最初に現れたのはバリアフリーのタクシーから降りてきた車椅子の老婦人。
程なく、私にも高級車とわかるスポーツカーがやってきた。駐車場にとめたその車から降りてきたのはスクリーンから飛び出てきたような美男美女だった。
(違う)
続いてやってきたのは、30代中肉中背の男。
(違う)
小学生
(違う)
女性
(違う違う)
50代男性
(違う)
年齢不詳男性と20代男性
(この中に?)
慌てて喫茶店を出る。通行人を装い門扉を通り過ぎざまにIDカードを見た。
(違う)
どう言う事?うかうかしてたら時間切れになってしまう。私は慌てて電子ロックの解除を試みた。これと思っていたパスワードは違った。チャンスはあと2回。今度は全部小文字にしてみたけどこれも違う。どうしよう。
その時、こっちに向かって走ってくる男の子が見えて私は急いで身を隠した。
こっそり背後に回りこみディスプレイを覗きこんだ。私と同じミスをしている。私は声をかけた。
「それ違うよ」
驚いて振り向いた男の子のIDカードを見るとそこには、明壁 信の名前があった。この子がそうなんだ。
「信くんって言うんだ。じゃあ、あっくんでいいかな」
感じの良さそうな子だ、心のモヤモヤが少し晴れて来た気がした。
それなのに私の忠告を無視して、間違ったままエンターキーをタッチした。
「ちょっと!何してんの!?人の話聞いてた?」
(ホント、何やってんのよ)
でも、それからあっくんと行動を共にするようになったら、モヤモヤは次第に消えていった。
ヤニ男とのトラブル
しばらく一緒にいて、あっくんにはお人よしなところがあると思った。あの感じの悪い大樹さんに何で助け舟なんか出すのだろう。そう思いながら、あっくんの顔を眺める。私の視線に気づいてるはずなのに、知らないふりをしている。
待合室の前に来ると、梢さんの声が聞こえた。
「出ていきなさい!」
勢いよく出てきた男があっくんにぶつかってきた。禁煙と聞いてイラついてた男だ。私の中ではヤニ男と呼んでいる。
「どこ見てやがる、気をつけろ!」
「ちょっと何あれ、自分からぶつかっておいて。あっくん大丈夫?」
「何ともないよ」
何事もなかったようにそう言う あっくんを見てちょっと心がざわついた。
東さんと梢さんを交えて繰り広げられる猫の会話をドキドキしながら聞いていた。
あっくんが部屋に戻ると聞いて、私は少しでも役に立ちたい気持ちから館内を探索することにした。客室以外にも、会議室、遊戯室、書庫などあったが特に役に立ちそうなものはない。
キッチンの前を通り過ぎようとした時に、その奥に扉が見えた。ちょっとした好奇心でキッチンに入り扉を開けると、そこは駐車場と繋がる搬入口だと言う事がわかった。
収穫なく中央ホールに戻ると、またヤニ男に会った。タバコを吸えず相変わらずイライラしている。
「ホントムリ」思わず呟いた。
同じ館内で行動しないといけないことに心底うんざりした。でも、突然ナイスなアイデアが閃いた。
「ねぇおじさん、タバコ吸いたいんでしょ?私吸えるとこ知ってるよ」
「マジか?教えろ」
何でこんなに偉そうなんだろう。でもちょっとの辛抱だ。そう自分に言い聞かせてヤニ男をキッチンへと連れて行く。
「あそこの扉は勝手口なの。おじさんが吸ってる間、私見張ってるからあの扉から顔出して吸ったらいいわ」
「おお、ありがてぇ。しっかり見張ってろよ」
この期に及んで何様のつもりだろうか。もう少しだ。我慢我慢。
ヤニ男がタバコを咥え、身を乗り出す。
まだだ。
ヤニ男が右手でライターに火をつけ左手でタバコを覆う。
まだだ。
ヤニ男がタバコに火をつけて深く吸い込んだ。
今だ!私は思い切りヤニ男の背中を押した。ヤニ男は駐車場に倒れ込んだ。私は
早く体に移ったタバコの臭いを消さないと。私はシャワーを浴びて髪も洗った。ドライヤーで急いで乾かしていると、案の定正面玄関に回り込んだヤニ男が抗議の声をあげていた。八木さんが毅然と対応してくれている。ヤニ男は私の部屋を知らない。このまま隠れていたら大丈夫。心臓のドキドキをやっとの思いで鎮めた。
ヤニ男失格の館内放送が流れる。
「禁煙ルールの網の目をすり抜けようとしたようですが、誠に
あっくんの言っていた干支を表す動物は入っていない。これは、私にとって有利に働くはずだけど、あっくんの仮説が外れてしまったことを残念に思う気持ちもあった。
とにかくヤニ男は追い出された。もう安心だ。あっくん仇は取ったよ。喜んでくれるかな?私は何となく、あっくんの部屋の前に来ていた。
戻ろうとしたら扉が開き、あっくんと目が合った。
「何かトラブルがあったみたいだね」
私を見る目がいつもと違う。やだ、タバコの臭いがまだ残ってるのかな?バレてないかな?再び胸が高鳴った。
2日目の朝
結局私は最後の課題「G7の国旗」に手も足も出ない。うーうん、それだけじゃない他の課題でもそうだった。でも、あっくんは私を邪魔者扱いしなかった。
待合室に行く途中、あっくんを見かけた。駆け寄って後ろから「おはよう」と背中を押す。
「どう、あっくん?何かわかった?」
「いい線までは行っていると思うんだけど、あと一歩届かないんだ」
あっくんでもわからなかったんだ、多分課題をクリアするのは東さんと梢さんのペアになると思う。でもそれでもいいの、だけどそれまでは一緒にいさせてね、あっくん。
あっくんの声が会議室前で響いた。
「全てわかりました」
やっぱり、あっくんはすごい。
これで全てが終わる。最高の結末を確信して思わず顔が緩む。あとは、気になっていた答えを聞くだけ。さぁ聞かせて。
「猫の正体は君だ」
あっくん、どうして?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます