アクシデント

「おい、これはアクシデントだ。俺は自分で外に出たわけじゃない」

 男が怒鳴る声で目が覚めた。どうやら1時間くらい寝てしまったようだ。扉を少し開けてみると、声の主は待合室前で僕にぶつかってきた男だと分かった。

「ルールですので」八木が冷静に対応する。

「俺はキッチンの裏口から顔を外に出して、ちょっとタバコを吸っただけだ。そしたら突然後ろから押されて外に出ちまっただけだ」

「館内にいたと言うことであれば禁煙のルールに抵触するので失格、外にいたなら外出したと言う理由で失格。どちらにせよ失格なのです」

「くそっ」男はそう吐き捨て、中山に出口へと案内された。

「ピンポンパンポーン」

「14号室 村田 孝一様、館外に出た為、又喫煙の為失格と致します」

「禁煙ルールの網の目をすり抜けようとしたようですが、誠に炬燵こたつでフグ汁でございます」

 僕は扉を閉めて洗面に立った。歯を磨き、顔を洗い、寝癖を治して部屋を出る。

 ちょうどヒナが目の前にいた。シャワーを浴びてきたようで石鹸の香りと、まだ乾き切ってない洗い髪にドキっとした。

「何かトラブルがあったみたいだね」

「今の放送の人でしょ?でも良かった。あのタバコオヤジね。私ああいう人って生理的にムリ」

「それはそうと、何か新しい発見はあった?」

「何もないよ。あ、でも遊戯室に卓球があったから後でやらない?」

 その時、館内放送が流れた。

「ただいまを持ちまして、待合室の端末は利用停止となります。よって、12号室 山下 敬悟様は失格となります」

朝三暮四ちょうさんぼしではありませんが、ここまでのご参加ありがとうございました。正解された方々は待合室へとお集まりください」

「だって、行こ。あっくん」

 中央ホールに出ると、ちょうど山下さんが中山さんに出口へと見送られるところだった。正面玄関の扉が開けられると、そこにはカッターナイフを握る村田の姿があった。

「なぁ、いいだろ?頼むよ。もう一度やらせてくれよ」

 カッターナイフを持つ村田の手は震えていた。不慣れなことをしているのは誰の目にも明らかだった。

 八木が毅然とした態度で近づき、その肩に手をかけようとしたその時、村田がカッターナイフを振り上げた。


 鮮血が舞った。


「きゃー」

 中央ホールに集まってきた人の中から悲鳴が上がった。八木が腕を切られた。

「おい大丈夫か」大樹が駆け寄る。

 それは一瞬の出来事だった。山下が村田に鮮やかな投げ技を決めた。受け身をとることもできず、床にしたたか打ちつけられた村田は、騒ぎを聞きつけた警備員に取り押さえられ奥へと連れて行かれた。

「私は看護師です。傷をみせてください。誰か救急車を」高塚 文子が言う。

「大丈夫だ。救急車はいい」八木が遮る。

 スタッフが持ってきた救急箱を開けて、高塚は手際良く処置をした。

「傷は深くありません。でも一応お医者さんに診てもらうべきです」

「医者の知り合いがいる。今から行ってくる」八木が答える。

「続きはどうするんだ?」大樹が声をあげる。

「そんなの中止に決まってるでしょ」梢も負けじと声を張り上げた。

「続行だ」八木が一喝した。

「でも」ショックで涙を浮かべながら梢が呟く。

「本人がそう言ってるんだから、いいじゃない」車椅子で待合室から出てきた三瀦が言う。

「中山あとは頼むぞ」

「承知しました。では、皆様しばしお部屋でお待ちください」

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