大樹さんがトイレから出てきたが、僕たちが話しているのを見ると、そのまま待合室を出て行った。

「まず最初に疑問を持ったのは会長の言葉です」

「会長の?」東が聞く。

「はい、『猫が一匹紛れこむ』です。普通、招かれざる客はネズミと言うのにと違和感を抱きました」

「それで?」東はそう言って先を促す。

「参加者はもともと12人、そこに加わった招かれざる客が猫というのは、もしかして僕たちは十二支になぞらえられているのではないのかと」

 東さんの瞳に宿る好奇心がさらに輝きを増したように見えた。

「神様が干支となる動物を選ぶ日に、間違った日にちをネズミに教えられ、辿り着けなかった動物が猫です」

 梢が席に戻ってきた。

「次に八木さんの言葉です。八木さんは脱落者が出た時に、独特のセリフを言います。一人目の時は『首鼠両端』、ここにはネズミが入っています。二人目と三人目の時は『羊頭狗肉』。狗肉は犬の肉だから、羊と犬の2枚抜きです。たまたま都合よくそのペアが失格になったわけではないと思うので、恐らく失格者が出るたびに、まだ使われていない干支を振っているのではないかと思いました」

「なるほど、君は面白いね」

「ただの仮説ですよ」

「多分あってるわよ」梢が言う。

「東が他人に興味を持つのは珍しいからね」

「僕からも聞きたいことがあるんですが」

「何だい?」

「大樹さんとはどう言う関係ですか?僕らのことは部外者だって言ってましたけど、東さんとはお知り合いのようで気になって」

 梢さんの表情が曇った。東さんは梢さんを横目で見たあと、視線をこちらに戻して言った。

「浅からぬ縁...とだけ言っておくよ」


「あー、お腹いっぱい。じゃあ僕もうおうち帰るね」ター坊が席を立つ。

「帰るって、せっかく正解したのに何で?」思わずヒナがター坊に聞く。

「うーん、何だか疲れちゃった。お姉ちゃんお兄ちゃんもありがとう。バイバイ」そう言ってター坊は走り去った。

 八木さんが受話器を取りアナウンスする。

「1号室 岡本 武尊様、棄権の為失格といたします」

 八木さんはチラリとこちらを見たあと、視線を外して言った。

脱兎だっとの如く去っていきました」

 そこにはウサギの言葉が入っていた。

「ほら」梢さんが僕を見て言った。

「さて、僕たちは部屋に戻るとするよ。じゃあまた」そう言って東さんと梢さんは席を立った。

「あっくんはどうする?」

「僕も部屋に戻る。ヒナは?」

「私はもうちょっと探検してみる。遊戯室とかあるみたいだし」

 待合室の前でヒナと別れ僕は自分の部屋に入った。部屋は広くも狭くもない、一般的なホテルのようになっていた。僕はベッドの上で横になり、これまでの出来事を反芻はんすうした。

 その時、いつものチャイムが鳴った。

「10号室 高塚 文子様が正解しました」

 東館の二階ですれ違った女性か。ひょっとして、東さんのヒントが聞こえたのかもしれないな。今現在残っているのは東さん、梢さん、大樹さん。大樹さんは東さんを知っているようだし、東さんと梢さんにも深いつながりがあるようだ。僕とヒナ、布留さん、10号室の高塚という女性、僕にぶつかった男性、あとはヒナ曰く存在感のない男性。

 未だ明かされないこのイベントの目的と猫の存在。朧気おぼろげつかみかけてはいるのだけど、…。

「条件不足か」

 館内放送が流れる。

「13号室 三瀦 布留様が正解しました」

 それを聞いたところで、僕は睡魔に襲われてまぶたを閉じた。

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