部外者

 待合室の奥はトイレになっているようで、布留さんが車椅子に乗って出てきた。

「聞こえたわよ。正解したんですってね。おめでとう」そう言って笑みを見せる。

「ありがとうございます」と僕は会釈えしゃくした。

 布留さんはその言葉を視線で返し、テーブルに置いてあった読みかけの本を手にとった。

「今から読書ですか?」ヒナが思わず尋ねた。

「ええ、私は推理小説が好きでね、続きが気になっちゃって」

「え、でも今ですか?急がないと時間切れになったりしちゃうんじゃないですか?」ヒナはそう言って布留さんを気にかける。

「私はね、じっくり考えるタイプじゃないの。こうやって本でも読んでいると突然降ってくるのよ。せかせかするのは嫌いなの」僕に視線を移し布留さんは続ける。

紅葉もみじが色づくのはまだ先、リンゴの旬も秋だけど年中食べられる。それもいいけど待つことも大事よ。私はハガキを出す時に季節を表す絵を描くの。始まりは桜、おしまいは、ポインセチア。日本の四季は素晴らしいと思わない?さぁ年寄りの長話はこれでおしまい。細工は流流りゅうりゅう、仕上げを御覧ごろうじろ」布留さんは優しく微笑んだ。

「あっくん、これからどうする?」

「とりあえず西館の方も覗いてみようと思う」

「賛成!私もついてく!」


 西館に差し掛かったところで一人の男性とすれ違った。

「あんな人いたんだ。こんな事言っちゃいけないけど、何だか全然存在感ないよね。年齢不詳だし、ザ•普通って感じ。私、街でばったり出会っても絶対気づかない自信あるわ」

「しっ、ヒナ。聞こえるよ」

 西館も東館と基本的な造りは同じようだ。1階は11号室から始まる。その部屋の前には、大樹さんが熱心に扉を調べていた。

「偉そうな事言ってたのに、まだそんな事してるんだー」

 大樹さんに聞きたいことがあったのに、ヒナが余計な事を言うもんだから聞きにくくなってしまった。

「大樹さんは、このイベントについて知っているみたいですけど、関係者ですか?」

 大樹さんはこちらを見ることなく、鬱陶しそうにシッシとジェスチャーした。

「あっくん、ほっとこ。どうせこのまま失格になるのがオチだから」

 何でこうもいらない事を言うのだろうと思いながら僕は言う。

「平方根ですよ」

 大樹さんはポケットからクジを取り出して裏表を確認した。

「何でバラしちゃうかなー、もう」

「僕らも東さんのおかげで通過できたんだ。僕らの手柄じゃない」

「東の手を借りたのか!?くそ、余計なことしやがって」

「大樹さんはあの二人とは知り合いなんですか?」

 大樹は無言で待合室へと歩き出した。西館を出る際に立ち止まりポツリと漏らした。

「部外者なんだよ。お前らは」

「部外者?」ヒナと僕は声を揃えて言う。

 大樹さんはそれ以上何も言わずに去って行った。


 館に入った参加者は12名。おそらく西館の2階は使用されないのだろう。それでも見学がてら2階へと上がり、中央ホールへと抜ける。

「ピンポンパンポーン」

「11号室 小林 大樹様が正解しました」

 ヒナが何かいいたげにこちらを見たが、気づかないフリをした。

 僕たちは正面階段を降りて、待合室の前に来た。

「出ていきなさい!」

 梢さんの声だ。そう思った瞬間、勢いよく出てきた男が僕にぶつかってきた。

「どこ見てやがる、気をつけろ!」

 禁煙と聞いて苛立ちを見せた男だった。

「ちょっと何あれ、自分からぶつかっておいて。あっくん大丈夫?」

「何ともないよ」そう言って部屋に入った。

 部屋の中には布留さん、東さん、梢さんがいた。大樹さんはいない。トイレにでも行っているのだろう。

「何があったんですか?」

「さっきの人なんだけどタバコが吸えずにイライラしててね、それを見て梢がキレたんだ」東さんはおかしそうに言う。

「しょうがないでしょ」と梢。

「明壁様、松島様、よろしければ昼食をビュッフェ形式でご用意しておりますので、ご利用下さい」と中山さんに案内された。

「ちょっと中山さん、ダージリンをいれてくれる?」

 僕らを案内しようとしていた中山さんの動きが一瞬止まった。

「私が淹れましょう」八木が言った。

「いいわ自分でやる」そう言って梢は席を立った。

「キツい性格してるだろ?」東さんが僕に聞く。

「余計なこと言わないで」

「無事に正解できたようで何よりだ」東さんは笑みを見せた。

「東さんのおかげです」

「何のことかな?」そう言って東さんは、はぐらかした。

「そんなことより、君は猫をどう思う?もう3人が脱落したけど、案外その中にいたりしてね」

「僕はそうは思いません」

「ほう、何故だい?」

「まだ条件不足の仮説なんではっきりとは言えません」


「お腹空いたー」ター坊が待合室に入ってきた。中山さんに案内されて昼食を美味しそうに食べている。


「構わないよ。聞かせてくれないかな?条件不足の仮説というものを」

 どうしたものかと思いつつ、僕は口を開いた。

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