勇者の帰還
外の時間で換算して、一ヶ月が過ぎようとしていた。
もう一体どのくらいレベルを上げたのかわからない。
最初はあれだけ緊張していた魔物だが、軽く杖を振るうだけで一瞬でその姿を吹き飛ばすまでになっていた。
「そろそろ私も相手にできる頃合いかしらね」
「えっ?」
マリベルがなぜか杖を持ってミーナと向かい合っていた。
「さぁ、この私を倒したらここでの修業はおしまいね」
「……わかった。頑張る」
ミーナは改めて杖を構える。
それから二人の戦いは熾烈を極めていた。
周囲に浮かび上がる幾重もの魔法。
それを互いに魔法をぶつけて相殺していく。
一度でも魔法のコントロールに失敗したら終わる。
それがわかっていたからこそミーナの杖を握る手に力が入る。
それでも、魔法のコントロールだけは損なわない。そうなると次第にマリベルの方が追い詰められていく。
「わ、私がここまで追い詰められるなんてなかなかやるわね。勇者ちゃん」
「……これから」
ミーナからしたらただ必死になってやっているだけであった。
「もう結構ね」
「……まだまだ行ける」
「私が限界よ」
よく見るとマリベルが両手を挙げて降参していた。
「う……そ……」
「これが今の勇者ちゃんの力よ。私にできるのはここまでのようね」
圧倒的な力で、自分をここまで導いてくれたマリベル。そんな彼女に勝つことができてミーナはすごく嬉しかった。
「……ありがとう」
「いえいえ、これもマオ様の頼みだからね」
「あっ、そうだ。マオ様にもお礼を言わないと」
「それなら隠密魔法を使って驚かせてあげると良いわよ」
いたずら心たっぷりに微笑みながら言うマリベル。
「マオ様はどうして鍛えようとしてくれたのかな?」
ルシフェルもマリベルも共にマオ様にお仕えしている人らしい。
つまり、ミーナを育てようとした張本人はマオ様ということになる。
するとマリベルは少し考えて答える。
「あなたに見所があったからかしらね」
今のミーナならば真の勇者とも言えるだろう。
魔王軍四天王たるマリベルに単独で勝てるほどの力を手に入れたのだから。
「見所……」
もしかするとマオ様はその人の能力を見抜き強化することに特化した賢者様なのかもしれない。
「マリベルさんもここまでありがとう」
「いえいえ、それよりもそろそろ人間の王に報告したほうが良いのではないかしら?」
「あっ……」
マリベルから外の世界では既に一ヵ月が経ったと聞いている。
もともとミーナに頼まれたのは山に突然現れた魔王城を吹き飛ばした人物の調査である。
あの時はさっぱりわからなかったが、今ならわかる。あのマオ様が突然現れた魔王城を吹き飛ばしたのだろう。
それほどの力があの人にはあるとわかる。
もちろん全てが誤解なのだが――。
「わ、わかった。すぐに戻る。あっ、でも、ここからどうやって出たら良いの?」
「それならもう解決してるんじゃないかしら?」
「えっ?」
「魔法にあったでしょ? 一度行ったことのある場所へという間に移動できる魔法」
「転移魔法……」
「今のあなたなら使えるんじゃないかしら?」
「た、試してみる」
「それならちょっとだけ待ちなさい。今荷物を準備してくるから」
それからマリベルは小さな袋を一つ持ってくる。
「こ、これは――」
「えぇ、マジック袋ね。使えそうなものをいくつか入れておいたから、後で確認してね」
「いいの?」
「もちろんよ。師匠から弟子へのプレゼントよ」
そう言われてはミーナは受け取るより他なかった。
だからこそミーナは素直に受け取ってお礼を言う。
「ありがとう……」
「うんうん、これから頑張ってね。色々と」
マリベルに見られながらミーナは王都へと一瞬で移動していた。
◇ ◇ ◇
「王都、久しぶり」
もう何年も帰っていないような気持ちになっている。実際に軸が歪んだあの場所では年単位の時間が経過していたように感じられた。
「おう、嬢ちゃん。今回も無事に帰ってきたんだな。怪我はないか?」
王都の城門を守る門兵に心配され、声をかけられる。それもそのはずで、今までだとミーナは外へ出るたびに生傷を作って帰ってきていた。
今回もどこかに傷を作ったのだろうと思われたようだ。
「今回は大丈夫」
「それはよかったな」
門兵も嬉しそうにしていた。
そんな彼に見送られてミーナはまっすぐ王城へとやってきた。
勇者の特権でそのまま謁見の間へと通される。
「おぉ、勇者よ。よくぞ戻った」
少し驚いている王に迎えられる。
「それでどうだった? 吹き飛ばした魔王は見つかったのか?」
「魔王は見つからなかった。代わりに賢者様を見つけた」
「賢者だと!? 詳しく話してくれ」
ミーナは山の側でマオ様に出会い、鍛えてもらったことを説明した。
当然ながら、言葉だけで信用できるものでもない。
そこでミーナは王国の兵士長と戦うことになったのだった。
どうしてそんなことをしないといけないのだろうだろう。
そんな疑問が浮かびながら、仕方なく相対する。ただ魔王軍四天王を一騎打ちで倒してしまうミーナの前だと王国兵士長ですら赤のようなものだった。
ただミーナはなんだか虚しい気持ちになっていた。
優しさと嬉しそうに何かを話している。王様とその側近。
「これほどの力をつけてくれた、勇者よ。そなたの力を見込み頼みたいことがある」
「……断る」
「頼みたいこと言うのは他でもない……、なんじゃと!?」
まさか、断られるとは思っていなかったのか、王はすごく驚いていた。
「ど、どうしてじゃ!?」
「いくら働いても私の得にならないから」
「金か!? それならいつもの倍払おう! これでどうじゃ」
それですら大赤字であることを王は気づいているのか。
まともに稼ぐ手段がなく、ただ言うことを聞くしかなかったミーナはもういない。
ため息を吐きながらミーナは転移魔法で王の前から姿を消すのだった。
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