①第二節 かくしごと

 十一月中旬、体調が少し良くなり、手足のしびれや脱力などはなくなってきたので、午後からではあったが、高校へ行けるようになった。

 クラスでは、以前のように友達数人と楽しく話をしていた。

 体調は回復傾向にあった…、というのは嘘である。

 実際は悪化していて、高校はもちろん、外出も危険だと医師から言われていた。

 手足のしびれや脱力、声が出ないなどの症状は、精神安定剤などで抑えられていると言っても過言ではなかった。

 実際、朝や夜は身体を起こすことが不可能だったのもあり、寝たきりの状態になっていた。

 「これ以上、誰にも心配や迷惑をかけたくない」

 私はそう思っていた。

 そのため、周りにも「体調は良くなってきている」と嘘の情報を流していた。

 友達も、担任・教科担当・保健室の先生も「治ってきてよかったね!」と言ってくれた。

 いろんな人から聞いていた私は、正直心が痛かった。

 「心配や迷惑をかけなければ、大丈夫。耐えれる。耐えなければ。」

 そう自身に言い聞かせていた。

 こういう考え方になったのには、過去の出来事が関連していた。


 約五年前のこと、私が中学二年生の頃の話だ。

 私は野球部に入っていた。チームは強かったのだが、トラブルの多いチームだった。

 トラブルの多さに、私はストレスを抱えていた。

 一時期、心療内科へ行くか、親と考えたこともあったほどだった。

 私には三人の仲の良い友達が居た。

 相談するまでの仲ではなかったのだが、下校時は部活動がある日も含め、一緒に帰ることが多く、電話もよくしていた。

 ただ限界に近づき、危険を感じた私は、三人にこのストレスのことを相談することにした。

 野球部でのストレスのことを全て伝えた。

 三人の友達から返ってきた言葉は、私の心と考えを揺るがせた。

 笑いながら「そんなん、俺らには知らんよ、関係ないじゃん!」だった。

 それに対して私も、笑いながら「そうやんね!ごめんね!」と返した。

 相談は、二分も経たずに終わった。

 私の心は、そのひと言で限界は通り越し、何かが折れてしまった。

 「相談しないほうがいいのかもしれない。」

 所詮しょせん他人事ひとごと、誰にも関係ないのだ。

 悪いことをした、迷惑をかけたと思った。

 何故なぜか「なんで、そんなこと言うの」とはならなかった。

 私はそれ以降、相談をやめた。溜め込むようになった。

 それは中学を卒業し、高校に入学してからも一緒だ。

 常に笑顔を保ち、病まないこと、迷惑や心配をかけないようにと心がけた。

 だが、その考えは今年のとある日に転換を迎え、終わりを告げた。


 十一月末、系列大学の入試日、体調が優れない中、自身の状態を隠しながら、面接会場へ向かった。

 面接官の方々は、私の後遺症のことを知ってくれていたみたいで、「あまり無理はしないでね」と言ってくれたのを覚えている。

 「もう無理しかしていない」、そう返したかった。

 面接が終わり、大学の最寄駅から自宅へ帰る際、私はひとりの女性と話をしていた。

 杉井すぎい㮈結なゆ、同じ大学を受験し、面接終了後にたまたま会ったので、最寄駅が二駅しか変わらないこともあり、一緒に来た友達と共に帰ることにした。

 共通の友達が居て、㮈結なゆとは一度話をしたことがあった。

 しかし、一対一で話したことはなく、二人で話すのは初めてだった。

 車内で会話を重ねていく中で意気投合し、LINEを交換した。

 㮈結なゆと友達が電車を降りた後、私は㮈結なゆのトークらんに「よろしく!」と送信し、スマホを閉じた。

 自身や周りのことを考えたくなかったのもあり、イヤホンを耳に当て、外部からの音を遮断しゃだんしたまま帰宅した。

 自分の部屋へ入った後、スマホを見てみると、㮈結なゆからひとつの返信があった。

 「何か隠してることあるでしょ?」

 それを見て、正直戸惑とまどった。

 どう返信すれば良いのか、迷った。

 結局、私は「え?何も隠してないよ?」と返信した。

 ここでも私は隠す方を選んだ。

 しかし、㮈結なゆからの返信は、かくしごとの核を突いたようなものだった。

 「ううん、話し方や歩き方に違和感あったし、体調悪いんじゃないの?」

 観念するしかなかった。誰にもバレてこなかったのに、ほぼ初対面の子に一ヶ月余り隠してきた体調のことがバレたのだ。

 「この子には何かあるのかもしれない」

 そう思った私は、今までのことを㮈結なゆに話した。

 新型コロナウイルスのワクチン後遺症と統合性失調症を発症していること、家族を含め全員に体調が良くなってきていると嘘をついていたことを。

 正直、中学のときのように否定されると思っていた。

 否定されるのが怖かったのだ。

 だが、㮈結なゆは全て否定しなかった。

 「辛かったね。もう大丈夫。相談できる相手できたじゃん。」

 メッセージの最後には、こう書かれていた。

 「㮈結なゆに相談してくれて、ありがとう。」

 気づけば、私は泣いていた。

 ひとり部屋にこもり、今まで溜め込んできたことを全て出すように、無言で泣いた。

 「もう、独りじゃないんだ。」とても安心感があった。

 否定されると思っていた私にとっては、天使のような言葉だった。

 しかし、人間には『慣れ』というものがある。

 『慣れ』とは、とても怖いものだ。

 辛さへ耐えることに慣れてしまっていた私は、その日以外、増えていく辛いことを㮈結なゆに話すことができなかった。

 もうすぐ二学期が終わり、年末を迎える。

 その頃、私が気づいた時には『人生の分岐点』に立たされていたのだ…。

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