悪属性少女と【火】の序列一位 2

「あと、最後にひとつだけ聞いていい?」


「なんなりと!」


「ミラベルさんは、何か悪いことしてる? その、イジメとか、恐喝とか……万引きとか」


 ミラベルは、長い睫毛に飾られた両目をしばたいた。


「いささか誤解をなされているようですわ、グラスメリアさんは」


「誤解?」


「確かに、学院内にそういった愚物がいることは事実です。ガストンがアリアドネさんに無礼を働いたのも、『番』たるわたくしの未熟ゆえ。ですがこれでもわたくしは、栄誉ある仲間ファミリーの一員。カタギに手を出すほど、落ちぶれちゃあいませんわ!」


 五大マフィアにはそれぞれカラーがある。

 暴力を売り物にし、地下コロッセオを運営する青巾党は武闘派の脳筋ばっかりだし、逆に詐欺師が集まる崑崙組は腕っぷしより頭の出来を重んじる。

 そして。

 暗殺と護衛を生業とする、カポネ・ファミリーの特徴は二つ。

 個人主義であること。そして、依頼以外ではけして一般人に手を出さないことだ。 

 

「……わかった。信じるよ。とにかく、普通の生徒に迷惑かけちゃダメだからね」


「ははっ。このミラベル、血の掟オルメタにかけて誓いますわ!!」


 へへーっ、と平伏するミラベルを見て、私はちょっと微妙な気分になった。こういうのが嫌だから家を出たんだけどなあ。

 どこまで逃げれば、私は解放されるのだろう。この身体に流れるマフィアの血から。

 そろそろとミラベルが顔を上げる。


「ところで、そのう。わたくしからも、一つだけ伺ってもよろしいでしょうか……?」


「なに?」


「どうしてグラスメリアさんはイストワール学院に? ボス・ロメオはご存知なのですか?」


「知らないよ。私、家出中だから」


「い、家出?【死の──】いえその、ボス・ロメオの娘が、家出……?」


 混乱しているミラベルに、カテナが補足した。


「左様です。お嬢様は佩剣騎士を目指すべく、ボスに無断で学院に通われることを決意なされました。このカテナめは、お嬢様のメイドとして、その意に従うと決めています」


「そ、そうでしたの……マフィアの娘が、佩剣騎士に……」


「やっぱり変かな?」


「めめめ滅相もございません! ただちょーっと前代未聞というだけで──不肖ミラベル、もちろん応援いたしますわ!」


 カテナが無表情のまま拍手した。


「素晴らしい。ついてはミラベルさん」


「は、はい」


「そういうわけですので、お嬢様がここにいることは、くれぐれも組織には内密に」


「……え? あっ」


 現状を理解したのか、ミラベルの顔色がどんどん青ざめていく。

 そう。私も心苦しいけれど、事情を知ってしまった彼女には、必要がある。

 だってそろそろ、全国に散らばった構成員の元に指示が行き届くはずだ。

 家出したボスの娘を探せ、と。


「わかっていますね? あなたは『見つからない』『全く心当たりがない』『学院は完全にいつも通り』。ただ、そう答えるだけでいいのです。もしあなたの不手際でお嬢様の居所がボスにバレた場合、どうなるかお分かりですか?」

 

「……ど、どうなっちまいますの……?」


「『大幹部』カテナ・クインジーの二つ名──【殺戮人形】の由来を、もっとも不幸な形で知ることになります」


 なんかもう泣きそうな顔でミラベルが叫んだ。


「わたくしはグラスメリアさんの犬です! 今このときより、ファミリーではなくグラスメリアさん個人に忠誠を誓いますわ!」


「よろしい。ついでにお嬢様が円満な学生生活を送れるよう、ご協力をお願いします」


 カテナが、わざとらしいくらい完璧なカーテシーを決めた。もうやだマフィアの世界。はやく真っ当になりたい。


 で。

 何事もなく校舎裏から出てきた私たちを待ち構えていたのは、白衣を着た魔法医とガストンたちだった。

 その後ろには、アリアドネやエステルもいる。野次馬根性旺盛な新入生もチラホラ。


「あれ? ミラベルさん、その新入生にヤキ入れてたんじゃ……?」


 ガストンが首を傾げる。

 ミラベルは私の肩を引き寄せ、「違いますわよ」と応じた。

 そして、野次馬全員に聞こえるように宣言する。


「わたくし、彼女のことがたいへん気に入りました。本日このときをもって、グラスメリアさんを──わたくしの妹分としますわ!」


 ざわめきと驚愕が広がっていく。


「どういうこと?」「つまり舎弟ってことだろ」「入学早々ヤバそうな先輩の子分になるとか、あいつもヤベェ奴なんじゃねえか……?」「きぃーっ、新入生ごときがミラベルお姉様の妹分なんてーっ」


「グラスメリアさんに手を出す者は、この当代火の番、ミラベル・マクスウェルに手を出すことと同義! 新入生の皆様、せいぜい仲良くなさることね!」


「……は、はは……はあ」


 畏怖と嫌悪と好奇心、それにごく一部からの羨望の眼差しを受けながら、私は望んでいた平穏な学生生活が爆速で逃げていく足音を聞いていた。

 そして。


「……。」


 視界の端で、銀髪を風に靡かせたアリアドネさんが背を向けて去っていく姿も、また。

 確かに、見えていたのだった。

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