悪属性少女と【火】の序列一位 1
その五分後。
私たち三人の他は誰もいない後者裏で、ミラベルは地面に額を擦り付けていた。
「もっ、申し訳っ、申し訳ございませんでしたァーーーっ!」
見事すぎる土下座だ。これは手だれの動き。いや嘘だけど。こんな全力の謝罪、そんなに見る機会ないし。
「『幹部補佐』のわたくし如きが、あろうことか『大幹部』のカテナ様のお連れ様にナメた口を利いてしまうなんて……っ! どうか命ばかりは、命だけはーーーっ!」
「幹部補佐。知らない顔ですね。誰の補佐です?」
「はい! 【氷刃】のメルヴィ様です!」
「ああ、あの子ですか。しばらく会っていませんが、元気でやっていますか?」
「ええ、それはもう!【殺戮人形】カテナ様のことは、メルヴィお姉様から常々話を聞かされていて──ああほら、絵姿も頂きましたのよ。クリソツですわ」
ミラベルが取り出した紙を見て、カテナが「うわあ」という顔をした。なんというか、うん。なんだろう。
確かに特徴を捉えていて似てるんだけど、乙女の夢が詰まってる感じの画風だ。
はたして誰が描いたのか。まさか、その【氷刃】さんだろうか。
「それで、その……カテナ様。わたくしめの処分は……」
カテナがちらっと見てきたので、私は首を横に振った。いいよ落とし前とか。崑崙組みたいに小指とか渡されても困る。
無表情のまま、カテナが言った。
「今回は不問とします」
「あああありがとうございます……っ! この御恩は一生掛けてでもお返ししますわっ!」
それで顔を上げたミラベルが、ふと気づいたように私を見た。
「ところでカテナ様。その、こちらのお連れ様はどなたですの? カテナ様の奴隷ですか? メイドの格好をなさっているのは高度な遊びの一環で? もし若い娘がお好みでしたら、わたくしの手下から見た目が良いのを何人か」
「ボスのお嬢様です」
「──────は??」
数秒後。
カテナの言葉の意味を理解したミラベルが、再び猛烈な勢いで地面に額を擦り付けた。
だからいいって。そういうのいらないってば。
†
しばらくしてから顔を上げたミラベルは、なんどか魂が抜けた顔をしていた。
「ボ、ボスの娘……【乱神】ロメオ様の……あの【
ちょっと待って今の聞き捨てならない。
「カテナ、【
「ご存知なかったのですか? ファミリー内では有名ですよ。ボスの娘は三人とも──そう。天使のように美しく、悪魔のように残酷な、死神の娘たちである──と」
「嘘でしょ⁉︎ 肩書きも今のポエムも、一言一句すべてが余すことなくダサいんだけど……!」
「組織の下部構成員はこういうのが好きなのですよ。いわばお嬢様はアイドルです。まあ連中の大半は、お嬢様の顔も名前も知りませんが」
私の心が死神に殺されそうだよ。そもそも家族で唯一真っ当な私を、毒物マニアの上姉様や呪殺オタクの下姉様とひとくくりにしないで頂きたい。
「……まあ、それはいいや。よくないけどいいや。それでミラベル先輩、ちょっと教えてほしいんですけど」
「はいっ。わ、わたくしの遺言状と隠し財産の在処でしたら、国立銀行の──」
「違うって。殺さないから。学院について教えて欲しいだけだから」
なんなんだもう。
「ええと──まず、さっき言ってた、『火の序列』ってなに?」
「……では、僭越ながらご説明させて頂きますわ。序列というのは、文字通り学院内のランキングです」
「そのまんまなんだ。魔法の強さランキングってこと?」
「学業成績でも変動いたしますが……ええ、仰るとおり。基本的には、魔力の多寡や習熟度を示すものとお考えくださいませ」
「火の、っていうのは?」
「序列は基本五属性、すなわち【火】、【水】、【風】、【土】、【雷】ごとに設定されています。異なる属性同士では、適切なランキングは困難ですから」
まあ、それは確かにそうだろう。
同じ属性同士なら一定の基準を設けて上下の区別がつけられるだろうけど、異なる属性同士となると難しそうだ。
「つまりミラベルは【火】の一位だけど、他にも【水】の一位とか【風】の一位がいるわけだね。希少属性は?」
「希少属性持ちの方はランク外ですわ。特別枠というか……そして各属性の序列一位を、伝統的に『番』と呼びます」
「門番とかの番?」
「仰るとおりです。そして、各属性の番には、各々異なる組織がケツモチについていますの」
ケツモチ言うな。わかるけど。
五人の番の背後にいる存在。つまりそれが──
「……五大マフィア、だよね」
「ご存知なら話が早いですわ。ええ、この学院の生徒の一部は、何らかの組織の構成員です。そして、そういった生徒が先走った真似をしないよう牽制することこそが番の役目」
なんとなくわかってきた。
つまりこれは、五つのマフィアによる相互監視システムなのだ。
「序列一位」という実力のある生徒を一人ずつ自組織にスカウトして、他の組織の息がかかった生徒たちに睨みを効かせる。
どこか一つの組織が抜け駆けして利益を得ないよう、互いに監視しあう番人。それが五人の『番』であり、ミラベルがカポネ・ファミリーから託された任務というわけだ。
とんだ無法地帯である。
そこでカテナが口を開いた。
「他の番は、どこの組織に入っているのですか?」
「風の番は結社ロス・セメタ。土の番は崑崙組。雷の番はエレオノール青巾党。火の番であるわたくしは、もちろんカポネ・ファミリーですわ」
「あれ? 水の番は?」
この流れだとノスフェラトゥ教団のはずだけど。
「当代の水の番は、ノスフェラトゥ教団への加入を拒否しているそうです。おかげで今、教団の勢力は学院内で押され気味ですわね」
「へえ……」
マフィアへの加入を拒否。もしかしたら、私と似たような考えの持ち主かもしれない。できたら仲良くなりたいけど。
「今勢いがあるのは、なんといってもエレオノール青巾党ですわね。次にロス・セメタでしょうか。我々カポネ・ファミリーは、その次──わたくしの不徳ですわ」
いや別に勢力争いとか興味ないから、そんな申し訳なさそうにしなくても。
「なんとなくわかったよ。それで、アリアドネさんを派閥に引き入れようとしたんだね」
「仰るとおりですわ。彼女は聖女伝説に謳われる【光】属性。【火】と【雷】に絶対優位な存在ですもの。味方にできずとも、敵には回したくありません」
【火】属性のミラベルからしたら、アリアドネさんは天敵になりえるわけだ。それで早めに唾をつけにいった、と。
「でも彼女、佩剣騎士だよ? それはいいの?」
「これは異なことを。佩剣騎士など、ある意味では組織の味方みたいなもんですわ」
まあ、そういう見方をしている人は少なくないだろうけど。
でも私はやっぱり、佩剣騎士には清く正しい正義の番人であってほしい。それに他がどうあれ、きっと彼女は──
「
あるいはこれも私の勝手な想像で、理想の押し付けにすぎないのかもしれない。
それでもやっぱり、清くあれと願ってしまう。母子を守るために一人立ち上がった彼女の姿は、輝かしいくらいに綺麗だったから。
こんな私と違って。
私はミラベルに付け加えた。
「あと、別に様とかいらないよ。今の私はグラスメリア・カルツォーネだから。ミラベルさんのが先輩なんだし」
「グラスメリア様──いえ、グラスメリアさん……なんというお心の広さ──これが【
ミラベルがキラキラと目を輝かせる。いやもうホント頼むからその呼び方はやめて欲しい。次呼んだら蹴るよ。スネを。
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