悪属性少女は入学する 2

「雑魚に用はねえんだよ。すっこんでろ」


「すっこまないよ! そっちがすっこんでて! これから入学式なんだから」


「おい、オレが誰だか知ってんのか? 【火】の序列十位、ガストン様だぜ?」


 ガストン某が、親指で自身の顔を指し示す。


「……知るわけないでしょう。新入生なんですから」


 私の背中で、アリアドネさんが吐き捨てた。ごもっとも。そもそも序列って何?


「とにかく、アンタを連れてこねえとオレが上にシメられんだよ。いいから早く、」


「──これは何の騒ぎかしらぁ?」


 更なる闖入者に、ざわめきが一際大きくなった。

 アリアドネさんを囲んでいた男たちが、慌てて左右にはける。

 現れたのは、波打つ豪奢な金髪を丁寧に撫でつけた、女性の先輩だった。

 

「やべえ、ミラベル先輩だ……」「今期の【火の番】が、なんでこんなところに」「ヤベェよ。あの人、風の番の告白を二十回以上袖にしたらしいぜ」「それはむしろ風の番がヤベェだろ……」


 火の番に風の番? またわからない単語が出てきた。

 

「お前ら五月蝿え! ミ、ミラベルさん。どうも、今日もお綺麗っスね。へへ……」  


 ガストンが途端に卑屈になる。揉み手でもしそうな勢いだ。ということは、こっちの──ミラベルとかいう女性のほうが格上ということか。上級生なのだろうか。

 ミラベルが余裕たっぷりに微笑んだ。


「使いの者が粗忽で失礼しましたわね。新入生のアリアドネさん。それから──あら、そちらの可愛らしい方は?」


「……彼女の知り合いです」


「そう。まあどうでもいいけど。わたくし、噂のアリアドネさんをお茶会に誘おうと思っただけですのよ。ですがどうやら、使いの者が無礼を働いたようですわ──ねっ!」


「っ!」


 ミラベルが、靴の踵でガストンの爪先を踏みつけた。うわ痛そう……。

 けれどガストンは、咄嗟に下唇を噛んで声を噛み殺している。やっぱり、二人の間には明確な上下関係があるようだ。


「さて。それでは、改めてお誘いさせて頂くわ。アリアドネ・コーデリアさん」


 ミラベルが懐から手紙を取り出して、アリアドネさんへ差し出した。


「火の序列一位、ミラベル・マクスウェルのお茶会に参加してくださる?」


 私の肩を押し退けるように、アリアドネさんが前に出た。


「……断ると言ったら?」


「ふふっ。そのときは、あなたの平穏な学院生活が、少しばかり遠のくでしょうね」


 ミラベルが目を細める。

 アリアドネさんが、色素の薄い唇をそっと開いた。


「……わ、私は──」


「お嬢様」


「わっ、びっくりした」


 絶妙なタイミングで割って入ってきたのは、カテナだった。そういえば掲示板を見てたころからいなかったような。


「カテナ、どこ行ってたの?」


「御手洗に。これは何事ですか?」


「いや、なんかアリアドネさんが絡まれてたから」


「自分から厄介ごとに首を突っ込んでどうなさるのですか」


「だってえ」


 私たちのやり取りを見ていたガストンが、「おい新入生!」と叫んだ。


「テメェ、ミラベルさんの話を無視して舐めた口利いてんじゃねえぞ⁉︎ この人はなあ、今期の火の番で、火属性の学院内序列一位で──いいか、耳の穴かっぽじってよく聞けよ」


 ガストンが、ミラベルを讃えるように手を広げた。



「泣く子も黙る夜と死の支配者、『カポネ・ファミリー』の──幹部補佐様なんだぜェ⁉︎」



 ざわわっ! こちらを囲んでいた新入生の間にまで、動揺の波が広がっていく。


「⁉︎」「カ、カポネ・ファミリー⁉︎」「五大犯罪組織の……⁉︎」「ヤベェよヤベェよ」「なんでそんな学院生が在学してるんだ……⁉︎」


 一部の学院の闇を知っている生徒を除いて、相当ショッキングな話だったらしい。

 どよめきを受けたガストンが、ドヤ顔で背後を振り返る。


「ですよね、ミラベルさん──ミラベルさん?」


 一方そのころミラベルは。

 カテナの顔を見て、冷や汗をダラッダラに流していた。


「あの、ミラベルさん……?」


「そ、そこの黒髪のあなた。その、つかぬことをお伺いしますが──そちらのメイド姿の女性のお名前……今、カテナさん、と仰いまして?」


「え? あ、うん」


「フルネームをお伺いしても?」


「カテナ・クインジーだけど」


 ぶふぅ! ミラベルの口から何かよくわからないものが吹き出した。汚い。


「カ、カカ、カテカテナ──ちょっと失礼! その、あちらで──あちらの校舎裏でお話をしませんこと? ええ、あなたとカテナ様──メイドさんと、わたくしの三人きりで。ええ、ちょっと大事な話がありますの。ええ、とっても大事な──主にわたくしの命に関わる話が──」


 カテナが私に耳打ちした。


「情報を得るチャンスです。ここは従うべきかと」


「わ、わかった」


 私はミラベルに向き直って、言った。


「いいよ。ついてく」


「はあ⁉︎」


 アリアドネさんが振り返る。


「ちょっと待ちなさい! そもそも、あなたはなんの関係も──」


「いいから、いいから」


 この人、ファミリーの構成員らしいし。

 立ち去る私たちの背後で、ガストンがうめいた。


「ヤベェ、ミラベルさんの“ガチ”ヤキ入れだ……死ンだぜ、あの新入生……結構可愛かったのに……。おい、誰か魔法医のセンコー呼びに行っとけ!」

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