悪属性少女は入学する 1
その夜。
王都のホテルでベッドに寝転がりながら、私はひたすらカテナに文句を言っていた。
「カテナの嘘つき」
「嘘などついておりませんが」
「イストワールにマフィアが関係してるって、ひと言も言わなかった!」
「イストワールは身分不問、来るもの拒まずでありながら、全国から権力者の子弟が集まる場所。我ら悪党が目をつけないはずがありません。子供の醜聞なんて、貴族を脅す恰好のネタですからね」
「でも、佩剣騎士になるための早道だって」
「お嬢様」
着替えを準備する手を止めて、カテナが私を見つめる。
「佩剣騎士と我々の癒着について、まさかご存知ないわけではないでしょう。暗黒街の死神、夜と死の支配者たる我らカポネ・ファミリーの末姫たるあなたが」
「……。」
「ボス・ロメオを始めとするマフィアの長たちが『影の王』などと称されるのは、治安維持組織であり、敵対組織である佩剣騎士たちとの繋がりがあるからです」
「……そんなの一部だけでしょ」
「もちろん、真面目な佩剣騎士もたくさんいますよ。非番なのに名乗りをあげた、あのアリアドネ嬢のような。ですが──一部の騎士は、マフィアの味方です。であるが故に、国王とて迂闊に我々へ手を出せない」
もちろん知っている。
佩剣騎士とマフィアの関係は複雑怪奇だ。表向きは間違いなく敵対関係。しかし、裏では繋がりを持っていて、事件の捜査に協力することさえあるという。
「その繋がりの温床こそが、イストワール学院なのでしょう」
「……カポネ・ファミリーの構成員もいるの?」
「わかりません。ウチは個人主義かつ秘密主義ですから。可能性はありますが」
「もし私がここにいるってバレたら、きっと連れ戻されるよね」
「……可能性はあります」
となると道は二つに一つだ。
諦めて、ここで引き返すか。あるいは──卒業までの三年間、全力で正体を隠しとおすか。
私の。
私の選択は──
聖女フィオーネ様曰く、『困難を畏れるなかれ。断じて行えば悪魔とて此れを避く』。
「カテナ」
「はい」
「私、帰らないからね」
私のメイドが薄く微笑んだ。
「はい。カテナは存じておりますよ」
†
大陸の臍。王都グランベル。大陸中に敷かれた鉄道網の中心点であり、あらゆる交易品が集まる花の都。
イストワール学院は、その中央にある三階建の教育機関であり──同時に研究機関でもある。どちらかといえば、本質的には後者が主体の組織だ。
王都観光をしながら、ホテルに泊まること数日。
ついに入学式の日がやってきた。
私は姿見の前に立つ。
金糸の飾りがついた襟つきジャケットと、糊の効いたプリーツスカート。革のベルトには杖を差し込むスロットがついていて、靴はもちろんピカピカだ。
そして──魔法を学ぶ者の証たる、燕脂色のローブを上から羽織れば完成である。
「ねえカテナ。制服、似合うかな?」
「よくお似合いですよ、お嬢様」
「カテナは何でもそう言うからなあ」
アテにならぬのです。
とはいえ、いつまでもこうしているわけにはいかない。
ホテルを出て乗合馬車に乗り、目抜きどおりを抜けてイストワールへ向かう。
四方を石壁で囲われた、年季の入った古城のような建築物。
巨大な白亜の正門に、次々と生徒たちが飲み込まれていく。
従者を一人まで同伴できるシステムなので、メイドや執事を同伴している生徒もチラホラ。その中に見知った顔を見つけて、私は片手を挙げた。
「エステル!」
「あっ、グラスちゃん! よかった〜、一人で不安だったんだよう」
栗色のポニーテールが揺れる。近づいてきたエステルが、ぎゅっと私の両手を握った。
「会えてよかったぁ」
こちらこそだ。話せる相手が一人いるかいないかで全然違うからね。
「カテナさんも、またお会いできて嬉しいです!」
カテナは無言で丁寧に一礼した。こうしていると普通のメイドにしか見えない。
私はエステルと連れ立って、校舎前に貼り出されたクラス分けの表を見に行く。
居並ぶ名前を順に見ていくと──あった。
「やったあ! 同じ学級だよ、グラスちゃん!」
「そ、そうだね。すごく嬉しい……」
エステルが抱きついてくる。こういうとき私は照れてしまって上手く表現できないけれど、すごく嬉しいのは本当だ。正直ぼっち生活も覚悟していた。
そのまま何となく掲示板を眺めていると、否応もなく一つの名前が目に留まった。
アリアドネ・コーデリア。
銀髪の佩剣騎士。【光】属性の女の子。
「アリアドネさんも同じ学級なんだね」
同じ名前を見つけたエステルさんが、「ふわあ」と声を上げた。
正直、私にとってはちょっと微妙なニュースだ。憧れの佩剣騎士について色々聞いてみたい反面、万が一にも私の正体がバレたら不味い。さすがに、末端の騎士にまで顔が割れているとは思わないけど……。
そのとき、掲示板に群がっていた新入生の後方が騒めきだした。
「ほら、あの子だよ。例の【光】の」「聖女様の生まれ変わりだっていう?」「そうそう。うわぁ、めっちゃ美人」「しかも公爵家令嬢なんだって」
アリアドネさんがやってきたらしい。人混みでよく見えないけど。
ただ──途中まではアリアドネさんに関する呟きだったのが、なんだか不穏な響きを帯びてきた。
「あれ大丈夫? なんか先輩に囲まれてるけど」「なんかの勧誘じゃね?」「ちょっと怖い……」「先生呼んでくる?」「どこにいるかわかんねーよ」
私は人混みを抜けて、新入生たちの視線を辿る。
その先には、五、六人の男の先輩に囲まれているアリアドネさんの姿があった。どことなく剣呑な雰囲気が漂っている。
「ちょっと話すだけだっての。いいから付いてこいよ、聖女サマ」
「ですから、お断りします。必要を感じません」
どうやら先輩たちの「ついてこい」という命令をアリアドネさんが拒否して、揉めているらしい。
エステルが心配そうに言う。
「どうしよう。アリアドネさん、大丈夫かな」
「……あの子の腕なら、心配いらないと思うけど」
車内で見せた【光】の魔法。あれなら、並の魔法使いを五人まとめたところで相手にならないだろう。
何より彼女は、杖を構えた相手に一人で立ち向かうだけのメンタルを持っている。それに比べたらガラの悪い先輩くらい、なんてことはないはずだ。
「おい、いい加減にしろよ!!」
「いい加減にするのはそっち──っ、」
男の先輩が、アリアドネさんの腕を掴んだ。琥珀色の目が一瞬、怯えたように揺れた。私は思わず目を見張る。
まさか、怖がってる? 伝説の【光】属性で、佩剣騎士の資格を持っているような子が?
──いや、違う。
伝説の【光】属性で、佩剣騎士の資格を持っていたって、彼女は私と同じ十五歳の女の子だ。
もしかしたら、あのときだって勇気を振り絞っていたのかもしれない。
だったら──聖女フィオーネ曰く、『善を成すに躊躇うなかれ』だ。
こういう日々の積み重ねが、真っ当に生きるためには大切なはず。
「グラスちゃん⁉︎」
エステルの叫びを背中に浴びながら、私は前に踏み出した。
手を広げて、アリアドネさんと先輩たちの間に割って入る。
「あァ? なんだお前……」
先頭の男が私を睨みつけた。
眉毛を剃り落とした中々の強面だけど、うちに出入りしている『幹部』連中と比べれば文字通り大人と子供だ。
何せあいつら全員、目がドブ沼みたいに濁ってるからな。
こんなので一々ビビっていたら、私は今頃百回くらいビビり過ぎで死んでいるだろう。
私は男を睨み返した。
「やめてください。嫌がってるじゃないですか」
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