悪属性少女と光属性少女 2
エステルに向けて、私は小声で叫んだ。
「【光】って、あの人【光】属性なの⁉︎」
「う、うん。そうみたい。あたしも噂で聞いただけだけど……」
【光】属性。私の【悪】と同じ、希少属性だ。
そしてこの大陸においては、ただ貴重で優秀というだけじゃない。あまりにも特別な意味がある。
百年現れなかった、聖女フィオーネ様と同じ属性──つまり、聖女の再来だ。
私はごくりと唾を飲む。
「ひ、【光】だと? ハッタリで馬鹿にするのもいい加減にしろよ。テメェが聖女の生まれ変わりだとでも言うつもりかよ……!」
「そう呼ばれることもありますね」
アリアドネさんが握る細身の杖が、挑発するように揺らぐ。
「嘘だと思うなら試してみますか? あなたに、その度胸がおありなら」
「このガキ……っ! 後悔すんじゃねぇぞ……!」
ジャーマンが、杖を手にした右手を高々掲げた。紅蓮の火球が肥大し、真っ直ぐアリアドネさんに向かって飛んでいく。
「喰らえええええ!!」
「【
瞬間、アリアドネさんの杖から青い光が迸った。あれは、剣だ。奔流のように噴き出す光熱を束ねた剣。
その一振りで、火球はあっさりと消し飛んだ。舞い散る火の粉だけを残して。
「ほう」
カテナが珍しく目を見張った。
「火球の熱を奪った。マジで【光】ですね、あの方」
カテナの呟きに、私は視線で解説を求める。
魔法は詳しくないのだ。
「【光】は【火】と【雷】の上位属性です。上位属性の魔法は、下位属性の魔法に絶対的な優位性を持ちますから」
カテナの説明を聞いてやっと思い出した。言われてみれば、家庭教師から習った気がする。
属性にはツリー状の系統図があり、上位と下位の関係が存在する。
例えば希少属性【氷】は、【水】の上位属性であり、従って【水】の魔法に対して大きく優位を持てる。
【光】は、もっとも発現しやすい基本属性である【火】【水】【土】【風】【雷】のうち、二属性の上位に立つ。これはつまり、全人口のほぼ五分の二に絶大なアドバンテージを持つ、ということだ。
それが【光】属性。聖女フィオーネ様が振るった力。
「あ、あ……?」
動揺して棒立ち状態のジャーマンに向かって、アリアドネさんが歩き出す。
いつのまにか、彼女の杖から噴き出す光は極限まで収縮していた。まるで研ぎ澄まされたレイピアみたいに。
アリアドネさんが、底冷えするような笑みで言う。
「痛い思いが嫌なら、おとなしく降伏なさることをおすすめします」
怖っ。
つい、小声でエステルに囁いてしまった。
「あの……ホントにあの人、聖女様の再来って呼ばれてるの?」
「百年ぶりの【光】属性で史上最年少の佩剣騎士で、おまけに公爵家のお姫様だから……」
挙げ句の果てに美少女、か。
こうしてみると私とは何もかも正反対だ。才能も、立場も、生まれも。
でも、ああいう輝かしさこそが佩剣騎士に──聖女様の再来と呼ばれるのに相応しいのだろう。いやその、ちょっと笑顔が怖い点は気になるけど。いち聖女ファンとして。
眩しいほどに光を放ちながら、アリアドネさんは、強盗男の正面に立ちふさがった。
喉元へ光の刃を突きつけて、言う。
「素直に拘束されるならよし。それとも、痛いのがお好きですか?」
「わ、わかった。降伏するよ。まさか本当に、アンタが【光】属性なんて思わなかったもんでね……」
へへ、と卑屈な笑みを浮かべて、強盗男が両手を上に挙げた。からん、と杖が床に落ちる。
「ほら、杖も離した。これで魔法は使えねえ。降参だ、降参」
「……手は、縛らせて頂きます。すみません、誰か──」
アリアドネさんが振り返った瞬間、強盗男の目に光が戻った。
「カテナ!」
私が声へ込めた意図に、カテナは完璧に従った。
汽車の揺れに合わせて手元の水筒を零し、エステルの気を引く。
その隙に、私は太腿に巻いたベルトから小刀を一本抜いて投げつけた。男の二の腕へと。
「うっ⁉︎」
刃先には上姉様特製の痺れ毒が仕込んである。
強盗男はすぐに泡を吹いて倒れた。
アリアドネさんがしゃがみこんで、男の様子を確かめた。命の危険がないことが分かったのだろう。一息ついて立ち上がり、振り返る。
いかにも怪訝、あるいは不服そうな顔で。
「──今のは、どなたですか」
琥珀色の瞳が、乗客ひとりひとりを舐めるように確かめていく。
するどい視線が、私の顔の前で止まる。
気づかれた……?
けれど確信には至らなかったようで、視線は私を素通りしていった。
「……余計なことを」
そう呟いて、近くの行商人らしき男性から借り受けた麻紐で強盗男を拘束していく。佩剣騎士を名乗るだけあって、慣れた手際だった。
車両間を繋ぐドアが開く。
「あれ? こっちはもう終わってるじゃん」
「本当だ」
現れたのは、二人組の女の子だった。
片方は短髪で、顔だけ見れば男の子にも見える。けれどグラマラスな体つきをしているから、性別を間違われることはないだろう。
もう一人は華奢で色白。長い黒髪といい、人形みたいだ。大人しそうな外見に反して、指にはゴテっとした指輪がいくつも嵌っている。
そして二人とも、イストワール学院の白い制服を着ていた。つまり先輩だ。
短髪の先輩がアリアドネさんを見遣った。
「あんたがやったのか?」
「ええ、まあ」
「ふうん……おっ、あぶねっ」
短髪の先輩がかがみ込んで、ジャーマンの人差し指に嵌った指輪を抜いた。アリアドネさんが目を瞬く。ああ、やっぱり気づいてなかったか。
「……あの、それは?」
「指輪型の杖だよ。出力は低いけど、杖より目立たないから不意打ちに使う。ま、魔法を喧嘩に使うチンピラの常套手段だな」
彼女の言う通り、よくある手だ。杖を捨てて武装解除したふりをして、指輪で魔法を構築して不意打ち。パパにもよく注意されていた。
「じゃあ、さっきのは……」
アリアドネさんの表情が険しくなる。先ほど何者かが──ていうか私が、小刀を投げた理由を察したらしい。
ただ彼女の怒りは、余計な手出しをした相手というより、指輪を見落とした自分自身へと向けられているように見えた。
小柄な先輩が、短髪の先輩の袖を引く。
「ヴィラ、この子。例のアレ。【光】の」
「ああ、聖女フィオーネ様の再来! 百年ぶりの【光】属性!」
「……。」
……? 気のせいだろうか。
今、一瞬、アリアドネさんの顔が歪んだような。
「期待の新星じゃねーか。なあシャナ。アタシら、もしかしてツイてる?」
「超ツイてる。ヴィラ、ここはガツガツ行くべき」
「だよなあ」
二人が、胡散臭い笑顔を浮かべた。短髪の──ヴィラと呼ばれた女の子が声をひそめて話し出す。
幼少期からの訓練のおかげで、私は人よりずっと耳がいい。意識を集中すれば、どうにか話の内容を聞き取ることができた。
「アリアドネ・コーデリア公爵令嬢、だよな。アンタ、イストワールに入学するんだろ。アタシたちの派閥に入らねえ? 歓迎するぜ?」
「……派閥?」
「ああ。イストワールには五つの派閥があるんだよ」
派閥。当たり前だけど、学校案内の書類にそんなものは書いていなかった。
アリアドネさんが、怪訝な面持ちで言った。
「先輩方には申し訳ありませんが、初耳ですね」
「そりゃ、学内のことだからな。でも本当だ。腕の立つ学院生は、大抵どこかの派閥に入ってる。出る杭は、っていうだろ? そうでもしねーと、目立つ奴は平穏な学院生活を送れないもんでね」
エステルさんが「良かった〜、すごい怖かったねえ」と話しかけてくる。私は相槌を返しながらも、ヴィラという先輩の発言に集中していた。何しろ、これからの毎日に直結する情報だ。
五つの派閥。……五つ?
なんだか嫌な予感がする。
アリアドネさんが尋ねた。
「……五つの派閥、というのは?」
「エレオノール青巾党。ロス・セメタ一派。崑崙組。ノスフェラトゥ教団。そして、カポネ・ファミリー」
それは聞き間違いようもなく、五大マフィアの名前だった。
私は今さら気づく。
彼女の右腕に、青いスカーフが巻かれていることに。
「イストワールの生徒の一部は、五大マフィアと繋がってる。悪いことはいわねえから、どこかには入っておいたほうがいいぜ。オススメはアタシと同じ、青巾党とかな」
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