悪属性少女は友達がほしい

 菱形をしたアイリスティア大陸の中央、王都グランベル。そこには適正判定を終えたばかりの若人たちが集まる、魔法の学園がある。

 王立イストワール学院。智の殿堂。

 かの聖女フィオーネ様が、諸国漫遊の末に建立した学問の園だ。


 私の夢は、真っ当に生きて死ぬこと。

 そのためには手に職をつけなくてはいけない。

 そこでイストワールだ。かの名門校を卒業すれば、薔薇色の未来が待っている。どんな職業でもより取りみどり。

 中でも私が目指したいのは、秩序の番人、なりたい職業ランキング不動の一位──佩剣騎士である。


「佩剣騎士になりたい、ですか」


 あれから三日。

 私たちは馬車から汽車へ乗り換えて、一路、王都を目指していた。

 向かい合わせの席でナッツとドライフルーツがぎっしり詰まった甘いパウンドケーキ(おやつ)を齧りながら、カテナが渋い顔をする。


「カテナとしては、全くおすすめできませんね」


「なんで? かっこいいじゃん、佩剣騎士」


 佩剣騎士は、貴族の子弟だけがなれる普通の「騎士」とは違う。

 各地で頻発する魔法犯罪を取り締まり、平和と秩序を守る正義の番人だ。独断で犯罪者を拘束できる即時逮捕権の他、様々な特権を持つエリート捜査官である。

 佩剣騎士に求められるのは、ただ実力のみ。

 平民だろうと貴族だろうと、しかるべき能力がなければ、けしてあの青いマントを身につけることはできない。


「しかも女子の制服が可愛いんだ、これが」


「我々とは不倶戴天の間柄ではないですか。(ボソっ)少なくとも表向きは」


「いやまあ、それはそうなんだけどね……」


 佩剣騎士は有能だ。

 それだけに、マフィアにとっては正に宿敵である。中には身分を隠して互いの組織に潜り込み、情報を集めるスパイまでいるらしい。


「でも賞与が出て年金も貰えるんだよ。私、公務員になりたい」


「ボスが聞いたら憤死なさいますね」


「すればいいよ、もう。パパなんて知らない」


「いくら身分を偽ったところで、いずれバレることかと存じますが」


「へ、平気だって。最悪バレちゃっても、佩剣騎士は身分不問だし……」


「限界があると思いますがね」


「……。」


 私はやたら甘ったるいパウンドケーキを紅茶で流し込んで、車窓から外を見た。

 広がる緑の草原。その果てに、大陸を縦横に走る背骨山脈が聳えている。

 カテナに言われなくてもわかってる。どこまでいっても私はパパの娘で、マフィアの血の呪縛から逃れることはできないのだろう。おまけに【悪】属性だし。

 それでも。

 それでもちょっとくらいは、夢を見たっていいじゃないか。カテナの馬鹿。

 私の不機嫌を察したのか、「やっちまった」という顔をしたカテナが、「あの、お嬢様」と声を掛けてきた──そのときだった。


「こんにちは! ねえ、もしかして君もイストワールの入学生?」


 華やかな声に顔をあげる。

 通路に、明るい栗毛の女の子が立っていた。私と同い年くらいで、大きな革のスーツケースを曳いている。髪に結んだ白いリボンがとても似合っていた。

 黙ってしまった私に、女の子が微笑みかける。


「あれ、違った? ならごめんなんだけど」


「あ、ううん、そうだよ。あなたも?」


「そうなの! あたしはエステル。エステル・フランだよっ。君の名前は?」


 ふわっと笑う。なんだか甘い匂いがした。知らなかった。カタギの女の子って、いい匂いがするんだ……!


 異文化交流に高鳴る心音を押し隠して、私はどうにか笑顔を作る。


「グラスメリア。グラスメリア・カルツォーネ。こっちはメイドのカテナ」


 カテナが無表情のまま一礼した。お願いだからもっと愛想良くしてほしい。

 ちなみに、「カルツォーネ」は昨日頑張って考えた偽名だ。「カポネ」にちょっとだけ響きが似ているので、急に呼ばれてもきちんと反応できるはず。


「じゃあグラスちゃんだ。よろしくね、グラスちゃん。カテナさんも初めまして〜!」


 無邪気に差し出された右手に、思わず感動してしまった。きっと彼女の中には、「握手するときは利き手と逆の手で」なんて文化は存在しないのだろう。

 握手の後、エステルは向かいの座席に腰を下ろした。


「やー。田舎からここまで、ずっと一人で寂しかったんだよー」


「そ、そうなんだ」


「グラスちゃんはどこから来たの? あたしはアイスランドの南部からなんだけど」


「ええと、私はキンバーランドの方で……」


「へーっ、そうなんだぁ! 都会だねえ」


 やばいめっちゃ緊張する。

 だって仕方ないじゃないか。「カポネ・ファミリーの末娘」という肩書き抜きで他人と話すなんて、これが人生で始めてなんだから。

 さっきから手汗が凄い。変なことを言ってしまわないか、ものすごく不安だ。

 ──いや。だがしかし。

 これはチャンスかもしれない。念願の、マフィアじゃない普通の友達を作るための。

 ここは気の利いたジョークのひとつでも捻り出すところだぞ、グラスメリア!


「メイドさんと一緒なんてすごいね。グラスちゃんって、もしかして貴族様?」


「ち、違うよ。ちょっとした、その、商人の家で。カテナはパパが雇ってるの」


 まあ売れ筋商品は武器と奴隷なんだけどね。あと暗殺とか? はは。マフィアジョーク。

 駄目だ、口が裂けても言えない。


「そっかー。いいなあ、メイドさん。あたしも欲しいなあ」


「そうかな、えへへ……」


「あ、でもイストワールって全寮制だよね? どうなるんだろ」


「えっと、たしか従者用の別棟があるみたいで」


「そうなんだ? さすが、貴族様も通う名門校だねえ」


 あたしはド平民だけどねー、と手をひらひらするエステルさん。

 なんだろう。普通。そう、すごく普通だ。毒とか呪いとか暴力の香りがしない会話だ。素晴らしい。

 ほんの少し話しただけで、はっきりとわかった。エステルさんは、そこにいるだけで周囲を明るくする太陽みたいな女の子だ。こんな子と友達になれたら、学院生活はどんなにか鮮やかに色づくことだろう。

 ──友達。

 そうだ。あの家を出て真っ当に生きること。佩剣騎士になること。私の目標はそれだけじゃない。

 友達を作ることだって、大切な目標だ。


「あの、エステルさん」


「エステルでいいよ?」


「えと、じゃあ、エステル。その、もしよければ、私と友達に──」


 私史上もっとも勇気を振り絞った、その瞬間だった。


「お前ら、全員動くんじゃあねえ!!」


 車両の端で、空気を読まない強面の男が声を張り上げたのは。

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