悪属性少女は追放されたい 2
この国には六人の王がいる。
というのが、裏社会のド定番ジョークだ。
もちろん、本物の王様は一人しかいない。王都グランベルに座す国王陛下がそれ。
じゃあ残りの五人は一体だーれ? というと、それは裏社会の王たちである。
暗殺、詐欺、恐喝、諜報、違法薬物、娼館の元締め、奴隷売買、ダンジョン盗掘、地下コロッセオの運営……。
あらゆる後ろ暗い世界にも秩序は必要だ。暴力という名の秩序が。
王国の裏社会を支配する五つの非合法集団──五大マフィア。そして、それを率いる五人のゴッドファーザーたち。
彼らこそ、「影の王」と呼ばれる裏社会の支配者だ。
「カポネ・ファミリー」のボスにして私のパパ、ロメオ・カポネもその一人。
影の王の支配力は、一人一人が本物の国王陛下にさえ匹敵する(らしい)。だから「六人の王がいる」なんてブラックジョークが成立するわけだけど──つくづく思う。
この国、もう終わってない?
「──まあ、『王女』の私が言えた義理じゃないんだけどさ」
「お嬢様、こちらの本は置いていかれますか?」
「持ってく。でもカテナ、手伝わなくていいよ。パパに怒られちゃうし」
「カテナはお嬢様のメイドですゆえ」
「いや、ありがたいんだけどさ……カテナ、物の扱いが雑なんだよな……」
革張りのスーツケースにクマさんの縫いぐるみや着替えを詰め込みながら、ちらとカテナの仕事ぶりをチェックする。あ、本に折り目つけてる。
「もー! 貸してよ、自分でしまうから」
「その本なら、どこの街でも売っておりますよ」
「私はこれがいいの!」
私はカテナの手から薄い冊子を取り返して、丁寧にスーツケースの隙間に差し込んだ。
『聖女フィオーネの伝説』
およそ百年前、大陸を巡礼しながら多くの人を助けた伝説の聖女、フィオーネ。
混沌の時代に現れた彼女は、清浄な【光】の魔法で人々を癒し、邪な心を持つ者を改心させ、大陸に平和をもたらしたという。
偶然この本を手にしたとき、私の価値観は百八十度ぐるっと回転した。マフィアの娘として受けてきた悪のエリート教育。生まれてからずっと信じてきた
聖女フィオーネは、善なるものの象徴。私の憧れ。
だから。
だから私は、真っ当に生きたい。たとえマフィアの娘だとしても。
「まあ、聖女伝説は八割捏造だと言われておりますが」
「余計なこと言わない! カテナの意地悪! 嫌い!」
「ご冗談でもおやめください。死にたくなります」
「ご、ごめん……嘘だよ?」
「存じております」
しれっと冷めた顔をしているカテナは、私専属のメイドだ。肩ほどで切り揃えた赤い髪に、冷淡な顔つきをした十七歳のお姉さん。
色々雑で、あんまりメイドの仕事は得意ではないけれど、昔からずっと私の側にいてくれる。
「ところでお嬢様」
「なに?」
「今更ですが──本当に、この家を出ていかれるおつもりですか」
思わず手が止まる。
軽く流すには、カテナの目はあまりにも真剣だった。
「畏れながら、お嬢様はカポネ・ファミリーの末娘。血の因縁からは逃れられません。この屋敷を一歩出れば、もう誰も守ってはくれないのです」
「わかってるよ」
「わかっていません。いいですか? カポネ・ファミリーはマフィアです。悪党なのです。
「……それは……」
以前、初めて家出の相談をしたときにも言われたことだ。危険である、と。そのときは納得した。せざるを得なかった。
でも今は違う。
もう私は十五歳だ。自分の属性だって判明した。
それはつまり、魔法が使えるということだ。
属性。そして、魔法。
個人差はあるが、概ね十五歳を迎えるころには体内の魔力回路が成長し切って、誰もが本格的な魔法を扱えるようになる。
けれど、その適性は属性によって大きく変わる。自分の属性と異なる魔法は中々身につかないし、頑張って身につけても威力が伸びない。
例えばパパ──ロメオ・カポネの希少属性である【暴】は、肉体を強化する魔法が得意だ。肉体強化というと地味なようで、まあ全然地味じゃない。あれはなんというか、人の形をした災害だと思う。
つまり。
【悪】属性に合った魔法を身につければ、私は自分の身を自分で守ることができるのだ! ぃやったー!
と、そう考えていたわけだけど。
「なんだよ【悪】属性って……最悪だよ。普通に基本属性のどれかでいいじゃん。【火】とか【水】とか、なんだったら【土】でもいいよ。なんで私が【悪】なの?」
「運命……ですかね」
「遺伝だよ! 最悪だあ! 【光】属性がよかった! 聖女様みたいに!」
「マフィアの家系に【光】が生まれたら追放モノですね。一般家庭ならお祭り騒ぎでしょうが」
「追放されたかったんだよ!『お前にはマフィアの才能がない……出ていけ! この面汚しが!』って言われたかったの!!」
「有り余ってましたね、才能」
「いらねえーーー!!」
私は真っ当に生きていたいのに。
「まあまあ、そうおっしゃらずに。もしかしたら、有用な魔法を取得できるかもしれませんよ」
「え……そ、そうかな?」
「なにしろかの初代様は、【悪】属性の魔法を活用して『宵闇の帝王』と呼ばれるまでになったのです。きっと身を守る術もあるでしょう」
「そうかな……そうかも」
ちょっと希望が湧いてきた。
カテナがどこからともなく一冊のノートを取り出した。表紙が日焼けした、古めかしいノートだ。
「それはなに?」
「初代様が書き残したノートです。こっそりボスの書斎から盗んできました」
「そ、そう。怒られない? 大丈夫?」
「どの道、お嬢様へ差し上げるおつもりであったかと。なにしろここに書かれているのは、初代様のスキル──【悪】属性の魔法たちですから」
ごくり。私は固い唾を飲み込んだ。
伝説の大悪党、ガラテナ・カポネ。その生涯は謎に包まれている。
聖女フィオーネと同じ混沌の時代に生まれ、裏社会に闇の支配をもたらした悪の化身──と言われているが、その実態は子孫の私たちにも伝わっていない。生まれ育ちはもちろん、性別さえも。
佩剣騎士五千人を一晩で惨殺したとか。
人の頭蓋骨でワインを飲んでいたとか。
酒で作った池に船を浮かべて宴をしていたとか。
そういう嘘だか本当だかわからない伝説ばかりが先行している有様だ。いや頼むから嘘であってくれって感じなんだけど。
とにかくめちゃくちゃヤバい人ではあったらしい。
その秘密がここにある。
カテナの言うとおり、有用な魔法だってきっとあるだろう。
私は古ぼけた表紙に手をかけて──そっと離した。
「お嬢様?」
「いらない。【悪】属性の魔法は使わないことにする」
私は強い意志で宣言した。カテナが怪訝な顔をする。
「本気ですか? だってお嬢様は、あのイストワール学院へ入学されるのですよね?」
「うっ」
王都にある全寮制の名門魔法学校、イストワール。
この日に備えて、こっそり出願届を出していた私の志望校だ。
「生まれ持った属性の魔法を使わず、マフィアの身分も明かさず、身一つで大陸全土からエリートが集まる名門校に通うおつもりですか?」
「うううっ」
「イストワールは、卒業さえすれば佩剣騎士確定とも言われる名門。ですが、授業は厳しく死者も出ると聞きますよ」
「ううううっ」
「理由をお伺いしても?」
「……だって。【悪】属性なんて知られたら、絶対イジメられるもん。それはヤダよ。マフィアじゃない友だちが欲しいよ……」
「情けないことを。いじめっ子など、全員力づくで屈服させてしまえばよろしいではないですか」
「だから私は真っ当に生きたいんだってば! マフィア流は禁止! 暴力反対!!」
私は両手で×マークを作る。
マフィアであること。そして、【悪】属性であること。
この二つは隠す。これは平穏に過ごすための絶対条件だ。
そうだ、【火】属性であることにしよう。属性違いとはいえ、手から火の玉を出す程度の魔法は使えるし。火力はマッチ棒だけど。
「授業はともかく、他組織の追っ手に襲われたらどうします?」
「い、一応、護身術は習ってるし……」
「確かにお嬢様の暗殺術であれば、並の相手は問題にならないと思いますが……魔法無しでは、達人相手には通用しません」
「……それは、わかるけど……でも……」
「ですから、カテナがついていきます」
無表情のまま告げられた言葉に、私はぽかんと口を開けてしまった。
「は?」
「不肖、カテナ・クインジー。お嬢様の家出に同行させて頂きます」
「カテナ、ついてきてくれるの? パパに怒られない?」
「身命を賭してお嬢様を護ること。それがカテナがボスから与えられた任務です。怒られる道理がありません」
「カ、カテナぁ」
「というかお嬢様と二日以上離れるとカテナは死んでしまいます」
「そうなの⁉︎」
「全身の穴と言う穴から血を吹き出して死にます」
そうだったのか。知らなかった……。かわいそうに。何かの呪いかな。下の姉上が【呪】属性だから、もしかしたら関係してるのかも。
カテナが無表情のまま一礼する。
「なので今後とも、カテナをどうぞ、よろしくお願いしますね。お嬢様」
†
その夜。
ショックのあまり寝込んでしまったパパの隙を突いて、私とカテナはひっそりと屋敷を抜け出した(ショートケーキはちゃんとつまみ食いした)。
立ち去り際のことだ。大広間の窓から、せわしなくパーティを準備するママやお姉様たちの姿が見えた。どうやら私の発言は伝わっていないらしい。
広間の壁には巨大な横断幕が飾られていて、そこにはこう記されていた。
【祝】グラスメリア 成人おめでとう!
思わずきゅっと胸が痛む。ママ、お姉様……。
脳裏に暖かな家族との思い出が蘇る。
『上姉様、今日は何の実験をしているの?』
『やあグラス。ちょうど新しい自白剤が完成したところだよ。経口摂取でチョコレート味なんだ。これから組織の裏切り者で人体実験するけど、一緒に見学するかい?』
『ううん、興味ない』
毒や拷問用の薬の研究に熱心だった上の姉。
『下姉様、そのお人形はなあに?』
『こんちにはグラス。これは藁人形と言って、東洋諸国で呪殺に用いられるお人形さんですよ。ここに釘を刺すことで憎い相手に呪いを飛ばすことができるのです。一緒に遊びますか?』
『私、クマさんで遊びたい』
呪殺の術を極めることに夢中な下の姉。
『お母様、誰にお手紙を書いてるの?』
『あらグラス。これはね、不倫中の王国貴族へ送る脅迫状よ。最近ちょっと出費が嵩んだから、お母さん内職しようと思って。お手伝いしてくれる?』
『やだ』
脅迫女王の異名を持つ母。
「よーし、行こっかカテナ」
「もうよろしいのですか?」
「なんか不思議と全然寂しくないや。うん、ほら、私強い子だから」
「存じております。ではこちらへ」
あらかじめカテナが手配してくれた馬車に乗り込み、私は実家を後にした。グッバイ、ファッキンマイホーム。もう絶対戻ってやるものか。
頬に当たる冷たい夜風に乗せて、私は叫ぶ。
「ぜったい、真っ当に生きてやるからなーーーっ!!」
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