悪属性少女は善なるものに憧れる〜暗殺マフィアの令嬢、魔法学院に入学する〜
深水紅茶(リプトン)
悪属性少女は追放されたい 1
「お、おおおおそれながら申し上げます。グラスメリアお嬢様の属性は、【悪】。すなわち、悪の申し子でございます」
パパに向かってそう告げたブルーノ司祭の両手は、それはもうガクガクブルブルしていた。酒が切れたアルコール中毒患者かってくらいに。
「これは世にも稀な希少属性。百万、千万、いいえ一億人に一人の属性と申せましょう。ご覧ください。百年前に著された『属性別性格診断の書』にはこうあります。『【悪】属性を持つものは、狡猾にして悪逆非道。世に悪意と不幸をまき散らす悪魔の子である』と」
司祭はボロっちい本を開いて、紙面の一点を指し示す。しかし読めない。手が震えているからだ。
というか、なんだよ悪魔の子って。
私のどこが悪逆非道なんだ。今日だってちゃんと七時に起きる起きて歯磨きしたし、ご飯の前には女神様にお祈りしたよ。
隣のソファで、むっつりと腕を組んでいるパパの横顔を覗き込む。刈り込んだ髭と、落ちくぼんだ両目。私と同じ赤褐色の目は、ひどく真剣な光を帯びていた。
そりゃそうだ。末の娘の属性が、【火】でも【水】でも【雷】でもなく、まさかの【悪】だったのだから。
「ブルーノ司祭」
「は、はいいぃ!」
「今の言葉、まさか嘘偽りではあるまいな」
ぶっとい腕に力が籠る。仕立てのいい衣装の下で、パンパンに張りつめた筋肉が主張していた。
嘘だったらわかってんだろうなワレ、と。
「め、めめ滅相もございませぬ! 誓って! 誓って偽りではございませぬ! 我が神バッカスの名に賭けて、真実にございます!!」
「そうか」
パパが立ち上がった。鍛え上げられた大きな身体が、私の全身に影を落とす。
「グラスメリア。我が末の娘よ」
「──はい」
私はそっとため息を飲み込んだ。
属性。
この世界の人間は、誰もが何かしらの属性を宿して生まれる。そして十五歳の誕生日を迎えたとき、神殿の水晶玉に触れて自分が何属性かを鑑定してもらう。
鑑定の結果は絶対で、生涯覆ることはない。
古くから伝わる成人の儀式だ。本日めでたく十五歳になった私も、ブルーノ司祭の立会のもとで儀式を終えた。
結果、明らかになった私の属性は【悪】。
悪人の悪。悪党の悪。最悪の悪、だ。冗談にしてはタチが悪い。ガチだからなお悪い。
「【悪】属性だと……? おお、なんということだ。グラスメリア……我が愛娘よ……」
分厚い手のひらが私の両肩を掴む。刀疵だらけのご面相がくしゃくしゃになる。
そして案の定、パパは会心の笑顔を浮かべた。
「──よくやった!! これで我らカポネ・ファミリーは、この先五十年は安泰繁栄間違いなし!! お前こそが次代のゴッドファーザー、もといゴッドマザーだ!!」
暗殺を
正直凶相としか言えないけれど、娘の私は見慣れたものだ。
「おめでとうございます、ロメオ様! 伝説が生まれる瞬間に立ち会えたこと、このブルーノも感激の至りにございます!!」
黒衣の司祭が袖からウイスキーのボトルを取り出して、ぐーっと呷った。ぴたりと全身の震えが止まる。本当にアル中だったのかよ。そういえば、さっきの神様って酒の神じゃんか。
パパが私の肩を揺さぶる。痛い。
「【悪】属性といえば、我がカポネ・ファミリーの開祖、≪宵闇の帝王≫と呼ばれたガルデナ様と同じ希少属性。グラスメリアよ。お前には類稀なる才能があると思っていたが、まさかここまでとは」
「あのね、パパ」
「そうそう、早く家族にも伝えなくてはな。皆、よろこぶぞ。俺の【暴】属性をも超える才能が現れたと知ったら。今夜はファミリー全員でパーティだ」
「パパ」
感動に涙ぐんでいるところに申し訳ないけど、大事な話だからちゃんと聞いて欲しい。
「な、なんだ? 今日のケーキのリクエストか?」
「それは苺ショートにして。あと私、今日でこの家出て行くから。ファミリーとか、絶対継がないから」
パパの表情が凍った。
生臭司祭の手からボトルが落ちて、高価な絨毯に琥珀色の液体が広がっていく。
「……すまん、パパの耳がおかしくなったみたいだ。もう一度言っておくれ、可愛いグラスメリア」
「今日で家を出るって言ったの」
「な、な……」
「私は! 真っ当に生きるの! 伝説の【光】の聖女様みたいに、清く正しく、清廉に!」
そして私は絶叫した。
「だぁれがマフィアのボスなんか継ぐかぁーーーー!!」
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