五日目「勝利者調整について」④

 思わぬところで機会が訪れてしまった。

 ポチの家はこのあたりでもよく見かける普通の二階建ての一軒家だ。一人暮らしにするにはやっぱり広い。私の住んでいる家も、二人と一匹には相当広いと思っているので、これを管理するのは容易ではないだろう。

「ちょっと待ってて、今持ってくるから」

「わたしも行くんじゃ」

「そこで待っててね、ロッテ」

 ロッテが一緒に上がることをやんわりと拒否をして、ポチが二階に上がっていった。自分の部屋が二階にあるのだろう。

「案外片付いているんじゃ」

 リビングを見渡してみると、最低限の物しかないようだ。観葉植物があるわけでもない。キッチンも綺麗というよりは使っていない感じがする。掃除をしているのは紫桐さんみたいだけど、あまり苦労はしないだろう。

「これだね」

 降りてきたポチが何冊かの本を持ってきた。

「それじゃそれじゃ」

 ロッテが本を受け取って、一冊一冊を確認していく。

 日本語の本と、恐らく英語の本が混在している。専門書なのだろうか、ほとんどが古びた装丁をしていた。

「あ、ちょっと電話」

 ポチがケータイをつかんで部屋の隅に行く。

「ふーむ、人の匂いがしない家じゃ」

「そうでしょ、ポチしか住んでいないんだから」

「せりなの匂いもしないんじゃ」

「ああ……」

 嫌な言い方をするなこの幼女。

 ロッテは紫桐さんとも知り合いなのだから、彼女が定期的にポチに家に掃除に来ているのも知っているのだろう。

 ポチがケータイをパカパカとさせながら戻ってきた。

「ちょっとコンビニまで出てくる。まだいるならおやつでも買ってくるけど」

「どうしたんじゃ?」

「あ、うん、明後日兄貴が来るんだけど、家で使うのに通販で買ったものを間違ってコンビニ受取にしちゃったからそっちで受け取ってくれって」

「あ、東京にお兄ちゃんがいるんだっけ」

 東京で働いているという話だ。

「そうそう、それ」

 あまり仲が良いようには聞かなかったけど、男兄弟というものはそうらしいとポチは言っていた。

「そう、今じゃないといけないの?」

「いやなんか、これから飛行機に乗らないといけないらしくて、その前に確認してほしいことがあるって」

 数時間くらいなら大丈夫なのでは、と思ったが、物によるかもしれない。

「わかっていると思うけど、部屋には入らないでね」

「らじゃー」

 ポチが財布だけを持って、スニーカーを履いて玄関を出て行く。他人を置いて家を空けるのもどうやら不用心だ。

「よし、上がるんじゃ」

 玄関のドアが閉まって、その音が消え去ったのを確認して、ロッテが元気に立ち上がった。

「ちょっとロッテ、どこに」

「どこ? おにいちゃんの部屋を家捜しするに決まっているんじゃ」

「決まっているって……。ポチは上がるなって」

「上がるな上がるな、というのはフラグに決まっているんじゃ。そう習ったんじゃ?」

「……誰に?」

「おにいちゃんの父上だが」

 ポチが父親がそう言うのだから仕方ない。

 恨むなら自分の父親を恨むんだ。

 ロッテを後ろから支えながら二人で二階へ行く。

「たぶん、ここじゃな、チャットの背中に見える窓が同じじゃ」

 大きく深呼吸をして、ドアノブを回す。

「これは、なんというか……」

 ポチの部屋とおぼしき八畳ほどの空間はベッド、クローゼット、デスク、本棚がある程度のいたってシンプルな部屋だった。荷物が床に置かれていないのだから、ある程度は整理整頓をしているはずだ。

「掃除が行き届いておるんじゃ」

「うーん、これおかしいと思わないの?」

「え、なんでじゃ?」

「いや」

 本気でロッテは私の疑問の意味がわからないようだ。

 一畳ほどのデスクに、液晶のディスプレイが三台乗っている。その上にもそれぞれ一台ずつ、合計六台のディスプレイがある。デスクからアームで支えているのか。

 ひょっとしなくてもパソコンオタク?

 というか、オタクの範疇でいいの?

 四月に執行部の部室に行ったとき、家にあるのと同じキーボードだと言っていた。ポチの言うとおり、そのキーボードがある。しかし、三台並ぶキーボードのうちの一つだとは思わなかった。

「ここでチャットをしていたの?」

「うん、そうじゃ。これくらいなら研究所にもいるからなあ」

 それは少なくとも、研究所レベル、ということでは。

「ふむ、埃もない」

 ディスプレイの端を指でつーっとロッテがなぞる。

「姑か」

「あんず、これを見てみろ」

 感想を漏らすともうロッテは移動をしていた。彼女はポチのベッドを指す。

 変わったところはない、シングルサイズのベッドだ。

「うん?」

「無駄に綺麗だと思わんか? 見てみろ、シーツがピッチリしている。皺一つない」

 確かにそう言われればプロの手によってベッドメイキングされているのかと思うほど整っている。

「おにいちゃんがこんなに几帳面だと思うか?」

 細かいところに目が行く神経質っぽいところはあるものの、だからといって本人が細かい動きをしているわけではない。思考が細かいだけなのだ。

「ううん、そうは思わないけど」

「となると、結論は一つじゃな」

「いやいや、それはないでしょ」

 ロッテが言いたいことはわかる。

 信じたくはないけれど。

「あんず、不可能を排除して残ったものは、それがどれほど起こりそうにないことであっても真実になるんじゃ」

「うわー」

「おにいちゃん、ダメ人間タイプじゃな」

 私の精神衛生のため見なかったことにしよう。

「なんか面白い本ないかのー」

 ロッテはすでに興味を失っているようで、本棚を眺めていた。

 本棚には隙間なく本が詰め込まれている。新しい本を買ったらどうするんだろう。どれかをリストラするのだろうか。

「これは……」

 ロッテがいた場所、ベッドの下から白い冊子の角が見えた。ベッドの下、ということもあって、手を入れて取りだしてみる。

 スクラップブックだ。

 地元の新聞、去年の日付のものばかりがファイリングされている。それに市内の地図と大量の書き込み。おそらくはポチの書き込みが中心で、それ以外にも、複数人の書き込みが見られる。どこか見覚えがあるようなものもある。

 記事は一年の月日の影響か、それとも頻繁に触れられた影響か、色褪せている。

 そこに踊っている文字は、日付を追うごとに変わっていく。


『市内の男子高校生が行方不明』


『行方不明の男子高校生がチキウ岬の展望台で遺体で発見。自殺、事件の両方で捜査』


『遺体で発見された男子高校生の遺書を発見。警察は自殺と断定』


「なに、これ」

 正義の味方、一ノ瀬先輩はポチのことをそう言っていた。桂花も中学のときにポチと紫桐さんがそういった事件に首を突っ込んでいたと噂で聞いていたと言っていた。

 このスクラップについても何らかの関与をしていたと考えるべきだろう。

 ただ一ノ瀬先輩はポチに何と言っていたか。

 忘れたくても忘れらない。

『今度は誰を殺すつもりなんだ』

 記事は遺書を発見したと書いてある。だから、これは一ノ瀬先輩の言う話とは違うかもしれない。そもそも、先輩が誇張をしていることだってあり得る。

 だとすれば、このポチの走り書きは。


 噂の発信源、

 神様の目撃箇所、

 イチノセに連絡、

 芹菜失踪、

 発見、病院へ、


 心拍数がどんどん上がっていく。

 手から汗が出てくる。

 もう少しで過呼吸の症状が出そうだ。

「あんず、おにいちゃんが帰ってきた。戻るんじゃ」

「あ、うん」

 慌ててスクラップブックをベッド下に押し込んで、私達は階下に降りる。

 ビニール袋をぶら下げたポチが玄関にいて、階段あと一歩というところで目が合ってしまった。

 本当にそう思っているのか、いつものようにすべてをわかっていてのポーズなのか、ポチは嘆息しながら言った。

「君ら、本当にねえ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る