四日目「交互取りについて」④

「じゃあ、また明日」

「あーい、おにいちゃん」

 夕食が終わり、ポチが部屋を出て行った。

 泊まる部屋のないポチは家に帰り、明日の朝駅まで迎えにくるらしい。バスでまた数十分かけて旅館まで来るほどではない、ということなのだろう。

「さて、私はまた手伝いに戻ろうかにゃあ」

 お茶を啜っていたリンゴさんが立ち上がる。リンゴさんはポチと同じく浴衣を着ていなかった。

「あ、すみませんリンゴさん、手伝いましょうか?」

「んにゃんにゃ、さすがに女子高生は働かせられないよ」

 自分も女子高校生だろうに、と思ったが言わない。

「わかりました、ご飯、美味しかったです」

「カニが美味しかったんじゃ」

「ご馳走様でした」

「ありがとう、皆に伝えておくにゃ。それじゃ、また寝る前に」

 そうして部屋にロッテと紫桐さんと私が残された。

 すでに布団は敷かれていて、ロッテは寝そべっている。それにならって私も横たわることにした。

 紫桐さんは窓際にある備え付けのイスに座ってこちらを見ている。

 正直気まずい。

 その空気は紫桐さんも同じらしい。

「さてさて」

 このしんどい空気を打ち破ってくれるのは私しかいない、というにんまりした顔で仰向けになったまま天井を見てロッテが切り出す。

「せっかくだから、おにいちゃんのことを話し合おう」

 爆弾娘め。

 ぶち壊し方が最悪だ。

「せりなはいいとして、あんずはどうなんじゃ? わたしのおねえちゃんになるつもりはあるんか?」

 ロッテにとってポチがおにいちゃんなのだから、おねえちゃんということはそういうことなのだろう。

「あのね、わたしは」

 慌てて起き上がって正座してロッテに向き直す。

「反論はあるんか?」

「反論っていうか、何を言っているのか」

「チッチッ、誤魔化しは危険じゃぞ」

 立てた指を口元に持っていき、私の

「別に、私はポチのことなんか」

「ん、どうでもいいんか?」

「どうでもって」

 念を押すロッテにしどろもどろになる。

「そうか、じゃあいいんじゃな」

「いいって……」

「せりな、いいそうじゃぞ」

 真顔で私たちの会話を見ていた紫桐さんが、

「そうなの?」

 とはっきり言った。

「いや、うん、なんなのよう二人とも」

「良かったなせりな、ライバルが一人減ったんじゃ」

「そう、良かった」

 表情を変えず、胸をなで下ろしているようにも見えない。

「紫桐さんも何言って」

 紫桐さんがイスから立ち上がって私とロッテの間に座る。

「……私はユウトのことが好き」

 直球だ。

 感情を読み合うのも苦手だけど、感情を真っ直ぐ表されるのもちょっとぐんにょりしてしまう。

「せりなのことははっきりした、それで、あんずはどうするんじゃ? 対抗するんか? 構わないんか? 構わないんなら、せりなのためにも控えた方がいいんじゃないかのう。わたしは中立じゃて」

「だから、控えるってなにを」

「なんじゃあんずはっきりしないのう」

「そういうの、はっきりすべきなのぅ?」

 そもそも何をはっきりさせればいいのだろう。

「せっかくだから」

「ロッテ、せっかくって……」

「大丈夫じゃ、なあに、『恋と戦争はすべてを正当化する』と昔から言うんじゃ。はっきりさせて悪いことなんてない」

「だからぁ」

 うやむやにしたい私と、はっきりさせたいロッテと、それをただ見守っている紫桐さんがいて、二人が私をじっと見てくる。

「他にもいるかもしれないじゃない」

「あのトーヘンボクにはおらんじゃろ」

「そんなこと、桂花だって仲が良いし」

 とりあえあず頭に浮かんだ人物の名前を挙げる。

「ううん、それは、ないよ」

 きっぱりと、否定をしたのは紫桐さんだ。

「あの子が誰を好きなのか、私は知っているから」

「そうなんだ」

 彼女とそんな話はしたことがないから、誰と聞いているわけではない。それよりも、普段あまり関わり合いがなさそうに見える紫桐さんが桂花の好きな人を知っている、というのが意外に思えた。

「ほら、それなら、リンゴさんも」

「いや、あれは違うじゃろ」

「うん、違うと思う」

 次に挙げた名前も二人が否定する。

「ほれ、あとはあんずだけじゃ」

「ううう」

「もしも、藤元さんが私のライバルなら、私は気を引き締めるつもり。もしも、そうでないというのなら、なるべく、私に譲ってほしい」

 紫桐さんの目は真剣そのものだ。

「ちょっと待って、ね」

 誰に言われるでもなく、私は胸に手を当てる。

 一度大きく深呼吸。

 私は、ポチのことをどう思っているのだろう。

 確かにそりゃ、大変なところを助けてもらったし、気が利かないようで細かいところを見ているみたいなところはあるし、恩を感じていないわけではないし、いいや、格好良いかといわれるとさすがに疑問符が目一杯つくし、私にはお兄ちゃんがいるし、そうはいってもお兄ちゃんはお兄ちゃんで北条先生がいるし、ううむ、うむむ。

「迷っている、ということは気がないわけでもないんじゃろう?」

「いや、うん、でも、まあ、えー」

「私は、それでいいよ」

 業を煮やしたのか、紫桐さんが切り出してきた。

「そう思っている、っていうことはわかったから」

「ふうむ、せりながいいならいいんじゃが、もうちょっと見ていたかったのう」

「……ロッテ、面白がっていたでしょ」

「当然じゃが?」

「こ、このー」

 ロッテに飛びかかり、ほっぺたを伸ばす。

「まあまあ、さあ、両者握手をするんじゃ。正々堂々の戦いの合図といこう」

 ロッテに促されて、渋々、といった表情で私と紫桐さんが手を出し合う。お互いの手を取り合おうとしたところで、ロッテに止められた。

「こら、左手を出すやつがあるか。左手は敵意の証じゃ。いや、この場合、敵意でもいいのかもしれないが。とにかく、今日は右手にしよう」

 差し出した右手を引っ込めて、右手を出し直す。

 紫桐さんの手は温かく、熱がこちらに渡ってくる。

 じっと目を見つめ合っていた。

「よろしく」

「よ、よろしく?」

「よし、二人の健闘を祈る」

 平和な宣戦布告だなあ。

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