四日目「交互取りについて」③
「うう、まだ赤い幻覚が見える気がする」
食事を終えた私たちは一度部屋に戻り、それから大浴場へと向かった。
「にゃはは、青年はあとでね」
リンゴさんが右手をグーパー広げる。
「はい」
浴場の前でポチと別れた。
男女の仕切りの前には、リラクゼーションスペースがあり、電動マッサージチェアもあった。後ほど、ここで待ち合わせすることにした。
素早く男湯に消えていったポチに遅れて、私達が女湯ののれんをくぐる。
「ふうむ」
早速脱衣所で全裸になっているロッテが顎に手を当てる。
「あんず、せりな、りんご、と言ったところか」
順繰りに私たちを見ながら一人で納得していた。
「ロッテ、どんな意味かな?」
「ふふんふーん、こっちの話じゃ。さて入ろう、温泉温泉」
私の詰問を無視してすたすたと進む。
「あ、ロッテ危ない」
前のめりに倒れ込もうとしたロッテの左腕を掴む。危うく彼女が全裸のまま脱衣所で間抜けな姿を見せるところだった。
「助かった。あんずありがとう」
「うん」
「どうやらまだ脳の処理が追いついていないみたいじゃのう」
身体を捻り、機械をメンテナンスするかのようにチェックをしている。
「わあ、広い」
「ね、でしょー。そこは自慢なんだ」
メガネを取ったリンゴさんが横で胸を張る。
浴場に入った私の目に広がったのは種々の浴槽だった。無色透明のものもあれば、白濁した湯もある。小さな滝のような打たせ湯もあり、浅く寝そべるような湯もある。
「では早速」
「ロッテ、まずは身体を洗う」
「はーい」
ととと、とロッテが足元に気をつけながら洗い場まで向かう。少女の金髪は目立つのか、ちらちらと他のお客さんがロッテを見ているのがわかる。
と、そこで視線を感じた。
「なんですか? リンゴさん」
視線の主はリンゴさんだ。横にいたリンゴさんは無言で私を見つめている。
「いやあ、白くてすべすべだなあと思って」
「それ、少なくともお風呂上がりに言った方がいいんじゃないですか?」
湯上がりの褒め言葉だ。
「確かにそうにゃあ。でもそのあたりは人によるし」
「そうですか」
少なくとも、私の色の白さは母親譲りの体質とインドア気質によるものだろう。すべすべかどうかは、リンゴさんとさほどかわりないと思うけど。
「若いっていいねえ」
「一つしか変わらないじゃないですか」
「いや、もう、そりゃ全然違う。って芹菜ちゃん」
紫桐さんはとっくのとうに身体を流し、一番近くにあった浴槽に浸かっている。
「私たちも行きましょう」
それからリンゴさんに湯船の説明を受けながら、一つ一つを手早くかつ堪能していった。
浴場から出た私たちを出迎えたのはいかにもうだつのあがらなそうな伸びきっているポチだった。
浴衣に着替えたポチはマッサージチェアに揺られながら、自動販売機で買ったと思われるストローを刺すタイプの飲むヨーグルトを飲んでいた。
「遅すぎる」
こちらに視線を向けず、マッサージチェアに身を任せている。
「ユウト、これから夕食だって言うのに」
紫桐さんがたしなめている。
「別腹だ。それに水分補給は欠かしてはいけない。それにしても君達遅すぎ、湯冷めするかと思った」
「仕方ないでしょ。昔からそうなんだから、ユウトばかり先に上がって」
「小さい頃の話を持ち出さない」
小さい頃は一緒にお風呂に入っていたアピールだ。
絶対わかってて紫桐さんは言っているに違いない。いっそのことこっちの見て勝利宣言でもしてくれればやりやすい、いややりにくいけど、その辺りはしないというのがどうにも逆に強者の佇まいがする。
「早くご飯食べに行きましょ」
「あ、ああ、おっと」
紫桐さんがよろけたポチの左腕を掴む、というか、絡ませる。
「せりなずるい」
ロッテがポチの右手を握る。両脇を支えられる姿勢になっている。
ポチは要介護者か。
ポチの左に紫桐さんが、右にロッテがくっついて前を歩いていく。私とリンゴさんが遅れて歩き始めた。
ポチはモテるなあ。
「杏ちゃん」
左にいるリンゴさんが小声で言う。
「はい」
「青年が振り返らないことを祈っておいた方がいいよ」
「どうしてです?」
「杏ちゃん、今物凄い顔してるから」
「そうですか、たとえば?」
「そうだね、恋敵に先を越されたみたいな顔」
「あ、そう」
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