四日目「交互取りについて」②
通された部屋はテレビで見るような豪華なものだった。和室なのでベッドはない。あとで布団が敷かれるのだろう。
「これ、露天風呂ですか?」
「そう、あんまり大きくないけどね」
大浴場だけではなく、個室に露天風呂がついている。
こんな豪華な部屋に泊まったことはない。
「すごいの!」
ロッテがはしゃいでいる。
「ロッテ、転ばないようにね」
「はーい」
「それよりどうしようか? ご飯はまだまだ先だし、その前にお風呂、というにも早すぎるね。ちょっと地獄谷でも見てくる?」
「地獄! ヘル! 行く!」
「リンゴさん、その前にお昼を食べよう、まだ開いているはずだから」
ポチが自分のケータイで時間を見て言う。
「んにゃ? ああ、そうだね、行こうか」
二人の中ではそれだけで意味が通じる場所らしい。
「ユウト、そこって」
訝しげに紫桐さんが聞いた。
「ここに来て行かない手はない。じゃあ閉まる前にロッテ以外は財布だけ持っていこう」
ポチに先導されて旅館を出る。
今登ってきた坂を下って、途中のラーメン屋の前で止まった。私の家の近所にもある店名だ、チェーン店だろうか。
「えっと、ラーメン?」
「そうだよ、まだやっているみたいだ」
意気揚々と店内に入る。それほど広くない店内はカウンター席が並ぶ。夜がメインのようで、お客さんは少ない。私達が端から腰をかける。
「いらっしゃい! あ、佐々木のお嬢様どうも!」
「どうもー」
店員が一番最後に入ったリンゴさんに挨拶をした。こっちでは有名人だ。
「えーと、私はカレーラーメンで」
「あ、そっちですか」
リンゴさんの注文にポチが残念そうにつぶやいた。
「うん、辛いの苦手だし」
四月以降、カレーラーメンが好物になった私も、リンゴさんと同じくカレーラーメンを注文しようとしたところで、先にポチが注文をした。
「地獄ラーメン、三丁目で」
地獄?
「私も三丁目」
紫桐さんも呼応した。
「地獄ラーメン?」
「ああ、この店の名物にゃ」
「美味しいんですか?」
「美味しい? うーん、辛い」
リンゴさんが質問に、壁を指しながら答えた。
壁に書かれた文字を読むと、『丁目』とは、辛さの度合いらしい。丁目が増すごとに辛さも増していく、というシステムのようだ。
「じゃあ、私も地獄ラーメン」
「辛さは?」
店員が聞く。
「三丁目、で」
「杏さん、大丈夫?」
「大丈夫って、ポチもでしょ」
あと紫桐さんもでしょ。
「いや、そうだけど」
「なに? ダメ?」
「いやダメとかじゃなくて、わかったよ、好きにしたら」
投げやりにポチが返して、メニューを見ていたロッテに聞く。。
「ロッテは?」
「店でラーメンは食べたことがないんじゃ。辛いのも嫌じゃ」
「そう、じゃあ普通の醤油にする?」
「うん、でもお金」
「僕が払うよ」
「おにいちゃんありがとう、しょうゆラーメン、あ、チャーシュー麺」
ロッテが勝手にグレードを上げた。
「食べられるならいいけど」
野菜を炒める音が聞こえる。火柱がぼうっとあがった。
どんぶりにスープを入れて、その上に、真っ赤な粉がスプーンで山盛り入れられていく。
「え?」
いち、にい、さん。
「まさか」
「だから言ったのに」
硬直した私に気が付いたポチがぼやく。
「大丈夫? 食べられる?」
「う、うん……」
どうしよう、もう自信がなくなってきた。
絶対唐辛子的なやつだ。
「はいお待ち!」
元気よくどんぶりを目の前に置いてもらったが、もはや私の気持ちは遠いところへ行ってしまっている。
赤い。
もう全体が赤いラーメンだ。
割り箸を割り、恐る恐る箸をスープに入れる。スープに浮いていた赤い粉が箸に吸い付いてくる。
いきなり麺を口に入れるのは怖いので、被害が少なそうなメンマを口に入れる。
あ、意外と普通。
「ぎっ」
一瞬、自分の口から変な声が漏れたのもわからなかった。
「からっ! てかいたっ!」
舌がひりひりする。まち針で舌先をつんつんと刺されているような痛みだ。
「忠告はしたよ。あとから足すこともできたのに」
「それを先に言ってよ……」
かくいうポチも苦悶の表情で麺を啜っている。
「辛い辛い」
嬉しそうに痛辛いラーメンを食べている。甘党でかつ辛党なのか。それとも単に自虐的なのか。
ポチの向こう側にいる紫桐さんは、割合平気な顔をしている。しているが、額から汗が出ているのが見える。メガネのツルに汗が触れた。
「芹菜は辛いのが得意でいいなあ」
「得意なのと好きなのは別」
「だったら頼まなければいいのに」
ポチの当たり前の言葉に紫桐さんは
「別に」
と涼しげに返しながら麺を淡々と口に運んでいた。
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