四日目「交互取りについて」

四日目「交互取りについて」①

 日課となったラジオ体操を終えて、私達は温泉に向かうことにした。私のバッグの中にロッテと私の一泊分の荷物を入れて軽めの荷物にしたが、リンゴさんは来たときと同じようにスポーツバッグを持っている。

「さすがに帰らないとにゃあ」

 と照れくさそうに言っていたので、家出は終わったらしい。

「しかし」

 私は二人と駅へ歩を進めながら、思い悩む。

 温泉に行く。

 まあいい。

 温泉に行って損をすることはない。

 旅館に泊まる。

 これもいい。

 無料で温泉に入った上に豪華な食事付き。しかもスイートルームだ。

 しかし。

 手放しで喜べないのはなぜだろう。

 なぜだろうって、自問自答しても仕方ない。

 理由はわかっている。

「やあ」

 駅について、ポチと合流する。

 スイートルームは四人部屋だった。まずはロッテ、それから私、そしてリンゴさんも自分の旅館に泊まることは滅多にないということなので泊まる。

 あと一人分、もちろん男の子のポチが同室に泊まるということはありえない。ポチはリンゴさんの厚意により部屋で夕食を食べたあと、家に帰る。今のところ、朝にまた迎えに来る、迎えにというのはロッテのことで私のことではない、予定はない。

 桂花は東京に住んでいる彼女の兄に会いに行くというので誘えなかった。

「おはようロッテ」

 ポチの横で仏頂面のクラスメイト、紫桐さんが立っていた。

「おはようせりなー」

 ロッテが手を挙げた。

 人数に余裕があると知って、紫桐さんに連絡をせがんだのはロッテだ。ロッテにとってはポチと同じく長いつきあいがあるのが紫桐さんだから当然だとも言える。私としては、宿泊は私が選んだわけではないので、反対する、ということはできない。賛成する、と大きな声で言えないのは心情の問題だ。

「ご招待いただきありがとうございます、紫桐芹菜です」

 紫桐さんが丁寧に頭を下げた。後ろに束ねた髪が稲穂のように垂れる。

「うん、私がリンゴ、よろしくにゃ」

「ユウトに話は伺っています」

 彼女はユウト、とポチのことを名前で呼ぶ数少ない人物だ。語気が強いように感じたが、そう感じてしまう私がいただけだろう。

「悪い話じゃないといいにゃあ」

 リンゴさんが頭をかく。

「おはよう、藤元さん」

「うん、おはよう」

 私への挨拶が最後だった。特に思うことはない。

「それじゃもう出るから」

 ポチが先頭になって改札を通る。その前にロッテの分だけポチが切符を渡していた。合流する前に買っておいたのだろう。慌てつつも私とリンゴさんが切符を買う。

 数駅移動した隣の市、昨日水族館のために行った駅で降りる。バスに乗り換え数十分揺られて山沿いをうねるように登り続けて、そろそろバス酔いしそうになったところで到着した。

「長かったー」

「それじゃまずはうちに行こうか、荷物を置かせて」

 リンゴさんに引き連れられて、私達も移動する。

 緩やかに坂を上りながらリンゴさんの家に向かった。その途中でも、土産屋の呼び込みの人や飲食店の清掃をしている人にリンゴさんは声をかけられ、彼女はそのたびに楽しそうに手を振っていた。

「リンゴさん、有名人なんですね」

「にゃははー」

「ひょっとして昨日も?」

 水族館での用事とは、こういうことだったのかもしれない。

「そ、ちょっと挨拶にね。なんでも付き合いがあるんよ。さ、ついた」

 全国的にも有名な温泉街のそこそこに大きい旅館、それが彼女の家だった。

 そこそこというか、こっちに来てからテレビCMで何度か見たことがある。それくらいには大きな旅館だ。

 とはいえ、旅館自体に住んでいるわけではなく、併設された個人の家がある。それも結構な大きさだった。都内だったら数億円はするだろう。

「帰ったよ」

 自宅なのだから呼び鈴も鳴らさない。鍵も閉めていないのは地方故の習慣だろうか。

 家では、温和そうな雰囲気を持つ彼女の母親が迎え入れてくれた。

「あらあら、本当に凛子が友達を連れてくるなんて、小学校のとき以来? ささ上がって上がって」

「やめてよマ、お母さん、早く仕事行って」

 ママって言おうとした。

「いいじゃないの? 皆さん同じクラス? うちの子全然学校の話とかしないんだから、もう心配で心配で」

「いいから黙ってて、あとで手伝いに行くから。荷物置いていくだけだから」

「一年の藤元杏です。佐々木先輩とは良く図書室でお会いして、仲良くさせてさせていただいています」

「あらあら、杏ちゃんね。凛子、いいわよ今日は、皆さんゆっくりしていってね」

 満面の笑みで彼女の母親が旅館の方を指さす。

「ありがとうございます」

「わかったってばお母さん」

 彼女はそれをぶっきらぼうに返した。

 リンゴさん、完全に内弁慶タイプだった。しかも取り繕っている普段のキャラクターが維持できていない。

 階段を上がってスポーツバッグを置いてきたリンゴさんと旅館に向かった。

 多少の年月は感じさせるものの、古びた印象は感じられない。旅館、というよりはホテルに近いのだろうか。正面の自動ドアを通り、エントランスに入る。

「お嬢様、おかえりなさい」

「ただいま」

 受付の女性が、深々とお辞儀をする。

 そうか、ここではリンゴさんは『お嬢様』なのだ。

「お荷物をお持ちいたします」

「いい、いい、私達で運ぶから」

 実際、私達は着替えくらいしか持ってきていないので、各自で十分に運べる重さだった。リンゴさんに案内されて、エレベーターに乗り、最上階へ向かう。エレベーター前では途中で日本語でも英語でもない会話が聞こえた。

「最近はここも外国から観光客が増えてきていて助かるね。将来は頑張って多少は覚えないと」

「りんご、さっきの客はここの温泉を褒めていたんじゃ」

「それはなにより」

 リンゴさんがにんまりとした。

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