三日目「水族館その他について」⑥
「あのねぇロッテ」
水族館からの帰り道、ロッテが駄々をこね始めていた。
「やだー! 行くんじゃー」
「今からじゃ予約なんて取れないよ」
ことは水族館そばの駅から出ているバスの行き先の文字をロッテが読み取ってしまったことだった。ここから数十分バスに揺られて山間を抜けていくと有名な温泉街がある。温泉は知識として持っているが入ったことのないロッテが、急に行きたいと騒ぎ始めたのだ。
途中の駅で桂花と別れ、今はリンゴさんとポチとロッテと私が公園で休んでいる。
「日帰りでなら、うーん」
「やだやだー。泊まるんじゃー」
日帰りではなく、泊まりでないとダメらしい。
八月の上旬、都会でも夏休み中で、結構な観光客が道内外から来ているはずだ。近隣のこちらでさえ飛び込みでホテルが取りにくい中、温泉街で週末に取れるとは思えない。しかも大人が誰もいない状態で、空いていたとしてもホテル側が許可してくれるかはわからない。
「それにロッテ、お金持っていないでしょ。僕達もそんなにお金があるわけじゃないし、今から取れるとしたら高い旅館まで探さないといけないよ」
「やだー行くんじゃー。なんなら体で払うんじゃー」
「そういうことを言うのはやめなさい」
「ううー」
ポチにたしなめられたロッテが、しょんぼりしている。
「ダメか、ダメなのか……」
「今度ね」
「今度はないんじゃ。わたしに今度はないんじゃ」
「いや、うん」
ロッテが何の気なしに言うが、それをポチ含め私達が言い返せる言葉ではない。私がその状況になっていないから、彼女の気持ちが掴めない。
少しの押し問答があったあと、
「にゃあ、にゃあ、うーむ、うーむ」
そう言って二人のやり取りを聞いていたリンゴさんが立ち上がった。
「仕方ないにゃあ」
彼女がピンクのケータイを取り出す。アドレス帳からどこかを選択しているようだ。
「どうしたんですかリンゴさん」
「んにゃ、ちょっと待ってて」
彼女がひらひらと手を振って背中を見せた。
「あ、もしもし? 私、凛子だけど」
リンゴさんが誰かと通話を始めた。
「あーあーあー。わかってる。わかってるってば。後で謝るから。それでさ、ついでにお願いがあるんだけどー」
私達と会話をするときとは違う、かなりぶっきらぼうな話し方だ。
「明日、どっか部屋空いてない? 友達が泊まりたいって。いや、いるって! 私にだって友達くらい。うん、そう、四人くらい」
泊まる?
ホテルかどこかだろうか。
「キャンセルある? それそれ、それにして! スイート? マジ? サンキューそれ! お金? あるわけないでしょー。 ダメ? えー取ってよー、娘じゃん」
娘?
リンゴさん、『マジ』とか言うんだ。
「はい、取った。取った、いいよね? するする、手伝うって! ママにも謝るからー。パパサンキュー!」
終話ボタンを押したらしいリンゴさんが、ケータイを畳んでこちらを見た。
「リンゴさん、今の……」
「今の? 今のなんにゃ?」
全部だけど。
「あ、あの……」
思考が追いつかない。
「ロッテちゃん、明日、お部屋取ったよ。皆で温泉に行こう!」
「本当か! りんごやるんじゃ!」
ロッテがベンチからぴょんと跳ねて、両手を挙げる。
「しかもスイート! うちで一番超豪華な部屋!」
「おお! おおお! ん? うち?」
ロッテの動きが止まる。
そうだ、そこだ、突っ込むところはそこなんだロッテ。
リンゴさんはにこにこしながら返す。
「うん、うち、旅館だから」
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