三日目「水族館その他について」④

 一通り見て回ったあとで、少し休憩を取ることになった。中央の広場にあるテーブルのイスに腰をかけている。ポチはトイレに行っている。リンゴさんはちょっと別件が、と言い席を外している。水族館で発生する別件とは一体何だろう。

 ロッテはソフトクリームを美味しそうに食べていた。

「どう? 夏休み?」

「いつも通りかなー」

 ほんわかと桂花が返す。

 こちらに向けてほれぼれするような素敵な笑顔で爆弾を落とす。

「アンちゃん、はやくしないと芹菜ちゃんに『また』取られちゃうよ」

「桂花、ときどきすごいこと言うね」

 桂花とは反対に笑顔を作れなかった私は、引きつった顔のままである。

「相手は手強いよ、なにせ芹菜ちゃんだし」

「それは、わかってるけど……」

「けども! へちまも! ないっしょ!」

 小声で強い口調という妙な小技をみせる。

「桂花楽しそう」

「人のことは楽しいっしょー」

「桂花ってば」

「そうだぞあんず」

 ポチのことも相談というか、雑談として日曜の夜に電話で話している。

 彼女は、そんなわかりきったことを今更、みたいに言っていた。気がついていないのはポチくらいなものだよ、とも言っていた。

 私としてはそんなつもりはなく、いや、隠しているとかそういうわけでもなく、表面には出していなかったと思っていただけにうろたえたことは事実だ。

「でも、実際どうするの? ポチを狙っていそうな私の知っている範囲だと芹菜ちゃんくらいしかないから、競争率は高くないけど、門は高く狭いって感じ」

「それはでも、ポチにその気があれば、っていう前提でしょ」

 ポチの幼馴染みである紫桐さんは、中学生のときに一度ポチと付き合っている。これはロッテの口から聞いたことだ。二人の中に何があったかは知らない。

「焼けぼっくいになんたら。それにポチって押しに弱そうだし」

「うー、けいかー」

 どうだろう。春の会話を盗み聞きしていた限りでは、ポチにその気はなさそうだけど、押しに弱いというのもその通りだろう。

「あはは、ごめんごめん。でも対策は本気で立てないといけないっしょー」

「そうは言うけどさー」

 体をテーブルに乗せる。

「そういえば、ポチ来月誕生日だって言っていたよ。プレゼントあげる?」

「本、とか?」

「そうそう」

 ポチはただ本さえあれば生きていける、という表現がぴったりなほど常に読書をしている。そろそろ図書室にあるめぼしい本は読み切ってしまったのではないか。その辺りは新刊を選別し続けるリンゴさんとの勝負になるだろう。リンゴさんが好きなのは恋愛小説だけど、辞書さえ暇つぶしに読むポチはどうやらそのジャンルだけはあまり食指が動かないようだ。

「ポチ、誕生日とか気にしてなさそう」

「あ、それはあるかも。『歳が増えてめでたいことはない』とか言ってそう」

「桂花、ポチの真似が無駄に上手い」

 声真似をした桂花を笑いながら叩く。ソフトクリームを食べていたロッテも振り返ってしまうくらいだ。

「びっくりした。おにいちゃんが現れたかと思った」

「いいねえ、青春だねえ」

「ひっ!」

 耳元に息を吹きかけられて私の体が硬直する。

「後ろから現れるのはやめてください!」

「私は桂花ちゃんに対して正面からだったつもりだけどにゃ?」

「桂花も見えているんだったら注意してよー」

「杏ちゃん、私、危険人物じゃないんだけど……」

「私にとっては危険人物です!」

「さみしいこと言うにゃあ……。そう、楽しい会話しているところ悪いんだけど、トーヘンボクが戻ってきたよ」

 私の視界にポチが入る。

「作戦はまた今度ね」

 桂花が意味深に笑った。

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