三日目「水族館その他について」

三日目「水族館その他について」①

 昨日から始まった早朝のラジオ体操を終えたあと、今日の予定を話し合った。リンゴさんが隣の市にある水族館の無料チケットを持っているというので、そちらに行くことになった。枚数が五枚あり、最初は紫桐さんが候補に挙がったけど、ポチから家の都合で今日も行けそうにないというので、代わりにクラスメイトの桂花が行くことになった。

「こんにちー」

 水族館最寄りの駅まで来た私達と、桂花が合流をした。

「こんにちー」

 私も彼女と同じ挨拶をする。

「はじめまして、月村桂花です」

 桂花はロッテほどではないけど背は低く、標準より遙かに線の細い体型をしている。それに少しアンバランスな柔らかで大人っぽい表情をしている彼女は左の目元のほくろが印象的だ。

 横にいた桂花が丁寧にお辞儀をする。

「これはまた美少女を。食べちゃいたいくらいの」

「リンゴさん、心の涎が漏れていますよ」

 リンゴさんの言うように、桂花はかなりの美少女だ。学年、いや学校中を探してもこれほどの可愛さを持つ女の子はそういないと言い切れる。リンゴさんが知らなかったのが不思議なくらいだ。細さと表情、おまけにしっかりもので、数学の能力が群を抜いている。

「失礼すぎるよ!」

「そういうキャラクターを望んでいるのでは? 成功していますよ」

「なんだ成功かあ、いやあ褒められても何もでないよー」

 急に笑顔になって右手でポチを叩く。

「リンゴさん、ポチは全然褒めてませんよ」

「え? そうなの?」

「いや、褒めてる。見解の相違だ」

 ピクリとも表情を動かさずポチが応える。

「ほ、ほらね! 杏ちゃんったら」

「完全に騙されている……」

「みんな楽しそうでいいなあ」

「何言っているの桂花」

「じゃあほら桂花ちゃんも仲間に! って青年なんでもう歩き始めてるの!?」

 一人で目的地の方角に歩き出したポチに向かってリンゴさんが叫ぶ。

「え? ダメですか? 急ぎましょうよ、リンゴさん」

「というかそっちは私じゃないよ! 鬼だよ!」

 駅前にそびえ立っている大きな赤鬼のオブジェをポチが指さし、まるでリンゴさんかのように話しかけている。

「鬼! 鬼じゃ! オウガ!」

 ロッテが楽しそうに叫ぶ。

「あれ、そうでしたか。そうかあ、鬼かあこっちは」

「おかしくない? チケット持っているの私のおかげなのにみんな酷くない?」

「いやいや感謝していますよ、リンゴさん」

「そっちは散歩中のシベリアンハスキーだよ!」

 ポチがちょうど横切っていった犬に向かってお礼を言っている。話しかけられたことが嬉しいのか、犬はワン、と機嫌良さそうに吠えた。

「まったく、リンゴさんはせわしないな」

「私のせいなの!?」

「どんどん先に行かないと、いつまでも終わりませんからね」

「まったくもうもう!」

 いかにも、ぷんぷん、という擬態語が似合いそうに頬を膨らませてリンゴさんが言った。

「それじゃあ、本当に行きましょうか」

「青年、仕切りは私の仕事なのに……」

 二人の漫才が終わりそうもないので、ここら辺で打ち切りにする。

「それで、リンゴさん、今日はチケットありがとうございます」

「まあね、その辺顔が利くから」

 駅から右へ折れて、真っ直ぐ行った先にあるのが水族館だ。ここの近辺では一番大きな水族館になる。

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