二日目「分割選択について」⑤

『眠りから目覚める。

 無の眠りから、夢の世界へ。

 意を決して一人きりでドアを開ける。

 ドアの先にはいつもの図書室があった。遮光カーテンに閉ざされた薄暗い部屋。書棚が並んでいる。カウンターに置いてある日付は今日を指している。慣れ親しんだ図書室だ。

 ただし、書棚には一冊の本も納められていない。

 本のない図書室。

 そうか、と瞬時に理解する。

 これは、自分自身の世界なのだ、と。

「ようこそ」

 昨日会った彼女が奥のテーブルに座っていた。彼女は古めかしい革装丁の本を読んでいる。

 この世界に唯一ある本だ。

「これが、あなたの本なのね」

 彼女は本の内側を見せる。

「はい、そうです」

 何が書かれているか、薄々理解していた。

 彼女が紙をめくる。どのページも何も書かれていない。

 そうだ、ただの白紙だ。

 白紙の物語。

 他人の言葉で創られた自分の、本当の中身だ。

「物わかりが良いのね。それとも諦観?」

「どちらも」

「そう、自分を偽らないのね」

「ここでは、意味がないでしょう」

 ここは夢の世界なのだ。

 自分自身の姿を見ることはできないが、本来の姿になっていることだろう。

「あなたも、隠そうとしないのですね」

「あなたに隠しても仕方がないでしょう」

「その通りです」

「似たもの同士、なのかしら?」

「さあ、それを決めるのは自分ではありません」

「ええ、あなた、やっぱり優秀」

 くすり、と彼女が微笑み、足を組み直した。

「褒め言葉ですか、ありがとうございます。あなたほどではありませんが」

「それで、昨日のクイズだけど、一応答えを聞いても良いかしら?」

「わかりました」

 朝に考えた答えを言う。

「どうですか?」

 自分にとって、特段難しい問題ではない。

 自分の中には、他人の知識が詰め込まれているから、それを引き出すだけだ。その中に、自分の意見は加えなくていい。

 彼女は、優雅な仕草で音もなく右手で左を叩く。

「ご名答、申し分ないわ」

「ありがとうございます」

「次の問題、出しても良い?」

「良いですよ」

 あえて、ぶっきらぼうに言う。

「寂しい人ね」

 彼女が皮肉を言う。

 だから自分も皮肉で返す。

「あなたほどではありません」』

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