二日目「分割選択について」④

「はっなび! はっなび!」

 夜になり、自宅の前で花火をすることになった。

 港祭りの最終日、私とポチが公園でした花火のあまりが多少あったのと、コンビニで買い足したのとで、それなりの数になっていた。

 ライターはポチが持って、バケツは自宅の車庫から使っていないものを出してきた。

「ロッテ! 気をつけて!」

 ポチが手持ち花火を持って駆け出すロッテに声をかける。ロッテとリンゴさんが互いに花火を持ってぐるぐると回している。互いに火の粉はかからないように気をつけてはいるみたいだ。

 青いバケツの前にうずくまって、ポチと二人きりになった。

「あのさ、ポチ」

「ん?」

 ポチが目の前の線香花火に火を付けて、ぼんやりと眺めている。

「ロッテって、その、足に障害があるの?」

 リンゴさんと少しだけ話していたことだ。

「どうして?」

「うん」

 今日私が見てきたことをポチに伝えた。

 ポチは私の話に驚いてはいないようだった。ポチはロッテのことを常に心配しているようだったから、知っているのでは、と思っていたのでその反応は当然だった。

「うん、そうだね……」

「あ、言わなくてもいいんだけど」

 別にさして聞かなければいけないということもない。注意すべきことがあれば気をつけてあげたいだけだ。

「いや、言いにくいということは」

「わたしが自分で言うんじゃ」

 消えた花火を水を張ったバケツに入れたロッテが、私達の前に立っていた。

 いつの間にかリンゴさんもロッテのそばにいる。

「ロッテ、いいの?」

「問題ないんじゃ。おにいちゃんが言うよりは、私は私のことについて、私の選択で言うんじゃ」

「わかったよ」

「あんず、私は足が悪いわけではない。悪いのはここじゃ」

 そう言って、金髪の少女は自分のツインテールの左の付け根を指した。

「え?」

 彼女が指しているのは頭だ。

「脳に物理的な疾患がある。具体的に言えば、大脳の運動野が不具合を起こしているんじゃ。身体に命令が上手く伝達しないのじゃ。結果的に隣接する言語野が発達したのか、言語野が過剰発達した結果運動野に影響を及ぼしているのかはわからんが、簡潔に言うと、わたしの『才能』と呼ばれる言語能力はこの病と引き替えに表出されている『副作用』にしかすぎんのじゃ」

 ロッテの説明は瞬時に理解するのは私には難しい。

「見た目からすれば、『体を動かすのが苦手』ということじゃ」

「ええと、治療は」

「治療方法はないんじゃ」

 きっぱりとロッテが言い切った。

「むしろ今は『足が動かしにくい』というだけで済んでいて、直に手が、まあ現状でもかなり無理をしているのじゃが、次第に動かなくなり、それから順に体全体が、舌からまぶたにいたるまで動かなくなるのじゃ。不随意筋はあまり影響を受けんようじゃから、植物人間に近い状態になるんじゃな。脳と心臓が動くだけの生き物になる、ということじゃ。聴覚が残れば脳波を使ってコミュニケーションができるかもしれん。もっとも、私の存在価値は『そうなってから』かもしれん。実験意図と理解し、実験を行えるだけの知能を持ち、準備のできる実験体じゃ。医療班の見立てによれば、自分の意思で体を動かせるのはもってあと二年、というところらしい」

 不治の病。

 それも進行性で、残りは二年。

 その後は、ただ傍目には眠っているだけのように見える。

 ロッテがまるで他人事のように言っている病気はそういうことだ。

 そして、自分の価値を今ではなく、病気が進行してからだと思っている。

「そんな、ポチは」

「知っているよ。だから僕はロッテがここまで来たことに驚いていたし、今も心の底では早く戻ってほしいと思っているよ。芹菜も同じだ」

「治す方法はないんじゃから、どこにいても同じじゃろう」

「何かあったときに……」

「何か? まあ、何かあったとしたら諦める他あるまい。あんず、どうした?」

 ロッテが私の顔を覗き込む。

「なぜ泣いておるんじゃ?」

 明るいロッテの声に、自分の目元をぬぐう。

 自分でも気がつかないうちに涙で濡れていたようだ。

「あんずは良い人じゃな。でもその気遣いは不要じゃ。世の中どうにもならないことはあるわけじゃし、突然こうなるよりは、まだなんぼかマシじゃろう。世の中、本人とは無関係に事故に遭う可能性もあるわけじゃし、選択権があるというのは大切なことじゃ。おまけにこの能力がなければおにいちゃんともあんずとも会えなかったわけじゃしな」

 私とは反対ににこにことしているロッテ。

「それより、花火をしよう。私には経験が必要なんじゃ、できることは今のうちに何でもしておきたい。眠ったあとに思い出せるように。な、りんご、そのパラシュート花火とやらを打ち上げてくれ」

「任せて、ロッテちゃん、おねえちゃん何でもしちゃう」

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