第12話
そしていま、一年最初のめちゃくちゃだるいことが起きようとしている。
「あと十分くらいだって〜」
そう、親戚が、正確には父親の弟家族とばあちゃんが来る。新年の挨拶だ。リビングに降りて来て、食卓前に座る。バンッと車のドアが閉まった音がした。父親がドアを開けると冷たい外気が流れ込んできて「お邪魔しまーす」「明けましておめでとう御座います」とおじさん達が入ってくる。
「どうぞ、どうぞ〜」
など人当たりの良い笑顔で迎え入れる父親。その笑顔が僕にはもう、貼り付けたお面のように見える。言葉を選ばないなら、気持ち悪い。腰が悪いばあちゃんのために椅子を用意して、他はフローリングに座る。
「改めて明けましておめでとうございます」
父親がそう言うと、各々おめでとう、おめでとうございますと挨拶をする。それからお年玉を貰って、最近どうなのといった話が出る。仕事のこと、大学のこと、高校のこと。そんな話をしたって夕飯を食べる頃には忘れているはずなのに、なぜするのだろうか。
正直な話、お金を貰える喜びより、居心地の悪さの方が勝る。あけおめ、お年玉渡す、帰る、じゃだめなんだろうか。よくわからない雑談らしきものの必要性とは。
従兄たちはために対し、僕ら姉妹は敬語だ。いつから距離感がわからなくなったんだろう。元からこうだったのかもしれないな。
そんななか、僕に話題が振られた。最も避けたかった事態。
「ところで、ひなのちゃんは大学どこ行くの?来年受験でしょ?」
おばさん…。将来のことなんて考えてないよ。考えたくないよ。考えられないよ。生きたくないのに、将来のことなんて考えられないんだよ。生きてるかすらわからないのに、大学の学費で何千万とか無理だよ。
「まだ決まってないです。心理学の方向に進めたら良いな、くらいですかね…」
嘘ではない。決まってはいないけど、心理学が文学の、ざっくりそういう方向に進みたいとは思ってる。ただ、そこまでの熱意はない。なんなら、勉強勉強受験‼︎って考えるだけで死にたくなる。
「あら、そうなの?大学受験への戦いは高校を決めるときから始まってるのよ?二年生もちょっとしか残ってないんだから志望校の一つや二つ、決まってないのは如何なものかしらねぇ…。心配だわぁ」
あんたが心配したところでなんの影響もなくない?自分が学費出すわけじゃないんだし。
「はぁ…そうですか…」
「うちのタマは大学見据えて高校を選んだのにあなたは…」
「まぁまぁ、いいじゃないか。ひなのにはひなののペースがあるんだし、奈緒美ちゃんが気にかけることないよ」
おばさんと僕の間に父親が入ってきてくれたのはまぁ、嬉しいが正直ウザい。この人は言うことやることすべてがウザいからすべてに拒否反応を起こす。
このあと、奈緒美ちゃんの仕事はどうなの?と会話を違う流れに持っていったのは感謝しよう。そうして雑談らしきものに一段落がつき「我々はそろそろ山仲家に行きますかね」とおじさんが立ち上がった。
「そうなの?まだいればいいのに」
余計なことを言うな。
「暗くなる前に帰りたいからさ」
おじさんナイっス〜‼︎かーえれ!かーえれ♪
父親だけが外に出て僕ら三人は玄関でお見送りらしい。
「近くに来たらぜひ寄ってくださいね」
とおじさん一家に伝える母。しかし、そんなことは微塵も思ってないのは知っている。おじさんたちが向かってると知らされたときめんどくさいだとか、いない時に来れば良いのに、とか言ってたのにそんなわけがあろうか。
車が見えなくなると「時給の高いバイトお疲れ様でしたー!」と僕らが好きなフレンチトーストを作りに台所に向かった。
母が作るフレンチトーストは絶品だ。とても美味しいし、色もいい。そしてふわふわ。
昔、『くぬくぬぱん』とか『ふわふわパン』呼んでいた幼い自分たちのネーミングセンスは神だと思う。母曰く『ふれ…と?』となかなか覚えてもらえなかったところ、千音ちゃんが『くぬくぬぱん!』と言い出したことが始まりらしい。それからいくつかの名前を考えて『くぬくぬパン』と『ふわふわパン』に落ち着いたそうな。いまなら『ふれと』でも全然良いと思う。
それはさておき、絶品はもう絶品だし、ホテルで食べるより美味しいと自慢したいところなんだが…。『ゴタゴタうるせぇ、酒が不味くなる』じゃないけど、味は変わらないんだけど、気分が地の底まで落ちそうな要素が…クソ親父が僕の目の前にいる。絢瀬家、僕と千音ちゃんと母に嫌われているのに、普通の父親みたいに振る舞ってるのが解せない。『パパは娘ちゃんたちのこと、だぁい好き〜♡』感も十分、いらないくらい伝わってくるので、気分が悪くなる。母のご飯は美味しいのに吐き気がしてきた。これを最悪と言わずになんと言う?
早急に食べ終え、自室に逃げるように向かう。それを誰にも悟られないように。
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