第10話

 ひよりにつくと、聞き慣れた声が聞こえた。

「ちは〜」

「ひな!」

 お宝(おもちゃ)を見つけて喜ぶ子供みたいな反応をしたのは肇。隣の席には清嗣もいる。

「よ〜」

「絢瀬」

「いいよ、ここでは。昔からだろう。今更『絢瀬と九条たちが仲良く話してまーす』とか言う輩はいないよ」

「確かにそうだな、ひな。夏休みのときも同じことを話した気がする」

「きみたちと被るってことは時間帯の移動でもあったのか」

 同じ塾に通っているとはいえ、時間帯が見事に被らない。肇は週に四回通ってるらしく、授業時間が被るが、清嗣は○季講習のとかにしか一緒にならない。

「まぁ、特に予定はないけどなぁ。早く終わらした方がいっしょ」

 たしかに。二時間早まるだけでも時間に余裕はできるわな。

 講師陣に「おい、そこ〜!喋ってないで勉強しろ?」と言われる前に席に着く。いつもここでやっている問題集を開くか、宿題の冊子を開くか、なんて愚問にすぎない。ここの人なら『学校の宿題が優先』というのはわかっている。塾の勉強を優先したばっかりに、学校の宿題が終わりませんでした、なんて滑稽な話だ。そんなことはしないが。

 各々、自分が向き合うべき問題に取り組み、時間が進む。ドアが開き、外気が入ってくるたびに空気の通り道がやわらかい何かで締められるような苦しさが鬱陶しい。吸って吐いてを繰り返し、出そうな咳を押し殺す。めんどくさい身体になったものだ。

「ひなのー。調子はどうだー?」

 大学生の講師が話しかけてきた。本州の人。一応、警戒対象。

「んー、順調」

「ほっか、よかった」

 とだけ言って肇と清嗣の進み具合も確認する。気づけば冊子の後半も終わりそうだ。このまま片付けるか。

 結論、冊子が片付いて時間を持て余した。国語の冊子しか持ってきていないというのもあるが、なんとも微妙な時間だ。授業が終わるまであと十五分。

 ゲームでもするか。

 基本的に放置ゲーのシュミレーションゲームは暇を潰すには適さない。こいつらはバスでの移動時間とかにやるものだ。さて、音ゲーでもやりますか。もちろん、無音で。

 Normalでは物足りないが、Hardはレベルによってクリアできるかが分かれる。確実にクリアできるレベル二十一。二十二からは確実にクリアできるとは言い切れない。楽曲による。編成からライブ、結果発表までで一曲約三分。だいたい五回ライブしたら時間は終わる。机に広げた冊子と筆箱にしまうべきものをしまって鞄に落とす。

 周りの雑お…賑やかさに構わず靴箱に向かう。

「あ!待て!置いてくなぁ!」

 慌ててついてきた幼馴染。慌てることなくあくまでいつものペースながら、確実についてくるもう一人。

「わかった、わかったから。置いてかんから」

 お、三人帰るのか?気をつけてなー!とかいう講師の言葉を右から左に流す。

 おい〜す。と返した肇に頼り、僕らは無言のまま帰路につく。


 七時過ぎ。空はすでに真っ黒で信号が視覚を襲う。暗いなかでスマホをいじるよりはマシだけれども、目が痛いような気がする。それより遥かにウザいのはこの寒気だ。助けを求めたいほどではないものの、苦しい。苦しくて、息を吸おうとすれば冷たい空気を取り込んで余計苦しくなる。息が苦しいせいか、寒いせいかなんて知らない。背中も痛い。咳を押し殺そうなんて、したいけど、したらいまより苦しくなる。あぁ、やばい。情緒もやられそう…。

「こほ、けほっ…」

「ひな?」

 清嗣が立ち止まって声をかける。

 我慢できずにこぼれる咳。抑え込むよりは楽だと思ったのも刹那。

「ゲホッ…ケン!ケン!はぁ、はぁ…」

「ひな⁈」

 肇が珍しく驚いて、それでも冷静に僕の背中をさする。

「ごめ…」

「謝ることなんてない、大丈夫だ。おまえは何も悪くないんだから」

「でも…」

「でも、じゃないぞぉ〜」

 これは負け戦になるな。素直に頷こう。

 数分もすれば落ち着いた。

「もう大丈夫、ありがと」

 肇がなにか物言いたげにこっちを見る。頼む、言いたいことがあるなら言ってくれ。

「あんな、オメーが『もう』って言うときはだいたい何かがだいじょばねぇんだよ」

 清嗣…。そのモードはちょっと心臓に悪い。

「で、何がだいじょばねぇんだ?まだ苦しいか?それとも、俺が、俺らがオメーを捨てるとでも思ったのか?」

 捨てる…?違う。きみたちはそんなことしない。しないと思ってる。でも両親は違う。

「はぁい、ストップ。九条、それじゃあ拷問になりそうだぜぇ?ひなも俺らが捨てるとは思っちゃいねぇって。それよりあったかい(物理)かっこぶつりの家に帰らせた方がいいだろ」

「そう、だな。悪かった」

「直接約束して会うのとかは禁じられても、俺らにはこれがあるっしょ」

 そう言ってスマホをジャンバーポケットから取り出して振る。

「グルか」

「いぇす」

「あのゲス親父、言うこととやることはヤベェのに、詰めがクッソ甘い」

 この一言でだいぶディスるじゃん、素晴らしいわ。

「あの犯罪者にはいつか制裁が降りかかったらいいんだよ?」

 くくくっと笑う僕らにやれやれと清嗣がお手上げの絵文字を浮かべる。

「なんか大丈夫そうだなー?とっとと行くぞー?信号青だぞ〜」

「おい〜す」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る