第8話
何本か弦が切れたピアノ。それで弾く木星の有名パート。それから、ショパンのノクターン。エリーゼのために。魔王。
なぁ、清嗣、肇。僕らはこれから約一ヶ月もの間、会えないんだ。電話もできない。
「遅れた」
そう言って入ってきて、二言目には「淋しそうな音だな」なんて言ってきた。誰のせいだ、誰の。九条家でも梅小路家でもないが。これを八つ当たりと呼ぶのは知っている。だから声には出さないけど、誰かに当たりたい。
「仕方ないさ、冬休みだからな」
「…あぁ」
こんなふうになって、六年か…。いや、五年か?
ピアノの蓋を閉めて脚を組む。
あれは小学校を卒業して、中学に上がる前の春休みだった。いきなり、何の前触れもなく、父親に男子との接触を禁じられた。母親は『子供とはいえ、他人の友好関係に口出しをするな』と止めてくれたが、完全に無視。清嗣と肇も例外でなく、接触は禁じられた。だが、詰めが甘いのが父親だ。『帰りの会が終わったらすぐに帰って来い』とか、『寄り道せずに帰れ』とかそういうことは一切言わなかったから、最終下校まで学校に居残ると決めた。それに清嗣がついてきた。肇は塾や習い事で頻繁には顔を出せない。だが、たまに顔を出す。それに、あの人は僕の友好関係を大して知らなかった。それが幸いしたこともあった。『九条』や『梅小路』と言っても『新しい友達ができたんだな、いいことだ』と言う具合だった。男子との接触を禁じたくせに公立に通わせた。ただし、男子と遊んだと知ったら大激怒。意味がわからん。
「なぁ、九条。後天的に男になる方法ないか?物理で」
水筒を傾けていたときに言うことじゃなかった、と咳き込む音を聞いてから知る。
「ごめ、いきなりすぎて…けほっけんっ…」
すぅぅ…と吸ってから口を開いた。
「いまならできるだろう。けど、お前の身体がもつ保証はないぞ?」
「やっぱりそこか…」
「俺も専門知識があるわけじゃない。そういう詳しいことは専門家に訊け。まずはググれ。えらい金は飛ぶだろうがな」
「だよなぁ…」
男の身なら、制限を受けることもなかったろう己を恨みたい。もしくは、女の子らしく蝶よ花よと育っていればこんな制限を制限と感じなかったのかもしれない。はぁ…。
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