第3話

 ひなを休憩室に連れて行って二階の職員室に向かう。職員朝礼が始まるまであと少し。

 間に合ってくれ。

 今年から朝と放課後の保健室は鍵がかけられた。ホームルーム前後に生徒の溜まり場となるのを避けるためだ。その原因の生徒、半分くらい俺のクラスのヤツなんだが?ガチで体調悪いヤツが困るっつーの。

「失礼します。南雲先生いらっしゃいますか」

少し大きめの声で呼びかける。

 南雲海咲。うちの高校の保健室の先生。そして教職員の中で一番若い。生徒からは『海咲ちゃん』と呼ばれ親しまれている。俺はそう呼ばないが。

 彼女は呼び出し人が俺であるというだけで「ひなのちゃん?」と訊いてきた。『俺=絢瀬ひなの』とでも式が立っているのかな。基本的に当たっているんだが、別のヤツだったら恥ずかしいぞ、たぶん。

「はい。俺たちの『いつもの場所』です。連れてくるより、そっちの方がアイツは落ち着くと思うので」

 一階の一番奥の部屋。本当に一番奥の空間は売店だった場所で、その売店は去年の年明けから役割を果たさなくなった。だからいまこの学校で一階の一番奥というと例の休憩室と3年C組の教室だ。

「朝礼抜けさせてすみません」

 俺が謝ると「いいのいいの、言っちゃ悪いかもしれないけど、大した連絡事項とか普段ないし、あるような時期でもないから」

 まぁ確かに…ん?と。あと俺たちを迎える一大イベント的なものは直近では冬休みしかない。俺からすればそれこそ大切では?と言いたくなったが、保健室単体で見たら『冬休み中も体調に気をつけて過ごしましょう』的なプリントしか思いつかない。そのほかの仕事もあるのかもしれないが、俺が何か言うもんでもないだろう。俺からしたら大したことでも、先生には大したことじゃない可能性も充分あるわけで。

 休憩室のドアを開け、先生がひなに声をかける。

「ひなのちゃん、ひなのちゃ〜ん」

 南雲先生が声をかけると、んん…と反応した。

「み、さきちゃん…?」

「おはよう。ひなのちゃんの南雲海咲だよ」

 それは言い過ぎでは?幼馴染として聞き捨てならなかったりもするし。起き上がったひなは俺らの方をはっきりとしてない目で見た。

「大丈夫…そうには見えないんだけど、保健室まで歩ける?」

「…ん、」

 YESの返事だ。

「じゃあ、ちょっと頑張ってね。清嗣くんはどうしたい?」

 え?俺ですか?待ってください。ここで俺に振るんですか?まじで。普通『ここからは先生に任せて、教室に向かいなさい』じゃなくて?

「もうそろ鐘が鳴るんで俺は行きます。荷物も置いてきてないし。でも、余裕があればすぐに顔出します。だから、お前はゆっくり休んでなよ。ひな」

 最後にひなの頭を撫でる。

「後でな。先生、ひなをお願いします」

「わかった。行ってらっしゃい、清嗣くん」

 俺は先生がひなを連れてエレベーターに向かうのを確認して階段の方へ足を進めた。俺が教室に入ったのを確認すると梅小路が「おっせぇぞ、九条〜!今日はギリギリだったなぁ〜!」といつもどおり賑やかな空気を振り撒いた。

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