5.5モンスター屋と異質なモンスター



 俺はグルドルフ。モンスターの調教と販売を手がけて二十年。この都市では名の通ったモンスター屋である。今回俺が出遭ってしまったのは、新人であったころより戸惑う存在のモンスターだ。


 それは成長すれば美しくなるだろう、と簡単に予測できるカナリーバードという鳥種のモンスターだった。

 まだ身体の殆どを灰色の産毛に覆われてはいるものの、所々に覗く鮮やかな青は光を受ければさぞ美しく光るであろう。カナリーバードは赤い鳥のモンスターで、優美な歌声と個体によっては人の言葉を真似る愛嬌を持った、豪商から貴族にまで愛玩用として最大の人気を誇る商品だ。

 しかし人の手に渡るとどういうわけか繁殖することがない。寿命は様々だが、人に飼われた奴らは大抵二、三年で死んでしまう。しかし人気は高いままで、次々に狩られ一時期はかなり数を減らしてしまい絶滅寸前とまで言われたモンスターだ。

 今ではカナリーバードを絶滅させないための法律もあり、年に捕獲できる数も決まっている。そのせいで余計に人気が高まり、密猟などという手に出てまで欲する馬鹿が出ている。正規販売の資格を持っている俺は勿論、そのような犯罪ごとには手を出さない。


 だからこそ、こうして入ってくる希少なカナリーバードは丁寧に育てて高値で売りたい。ハンター達はこの鳥の価値をよく分かっていないが、今や一匹で一年は何もしなくても暮らせる高額商品なのだ。


 俺はモンスターを取り扱うプロとしてそれなりの自負がある。モンスターを見る目だけは確かだと自信を持って言える。けれど、こいつだけは全く正体が分からない。


 見た目は、カナリーバード変異種の幼体。こういう変異種は特殊な能力を備えているものなので、特異個体とも呼ばれる。この鳥も例に漏れず、睡眠耐性というスキルをもっているらしかったが、それだけではない。


 人間に人間の常識があるように、モンスターにもモンスターの常識がある。これくらいの幼いモンスターならその常識も形成されていないのが普通で、人間に従うものだという常識を植えつける調教をすることができる。

 しかし、この青い鳥はどうだ?どう考えても、可笑しい。


 鞭で打たれたこともないだろうし、ましてや鞭というもの自体見ることも初めてだろう。目の前で使用したわけでもない。それなのに、俺が身に着けている鞭の用途を知っている。

 テイムして指示を餌付けしながら教えて、言うことを聞かなくなってきたら命令で行動を縛る。それがモンスターの調教だ。中にはテイムが出来ない強靭な精神力や耐性をもつ個体もいるが、そういう相手が言うことを聞かない場合鞭を打ち傷みによる調教を施す。それは俺がずっとやってきた、調教師という仕事で、例外などなかった。


 それがどういうわけか、テイムが出来ないモンスターが大人しく指示通りに動く。時々指示をしても動かないことがあるが、俺が鞭に手を伸ばそうとすると素直に従う。同じ動作を繰り返すことで仕込んでいくはずの指示を、言葉で解して動いているようにしか見えない。言語理解スキルを持っている可能性もあるし、言葉を聞いて分かっているだけならいい。鞭を見て、まだ何をするものなのか知らないはずの鳥が素直に従う意味が分からない。知能が高い、下手をすれば人間より頭のいいフェアリーやドワーフならまだしも、こいつは鳥種のモンスターだ。鳥の中で頭がいいとはいっても、程度がある。


 実際、言葉を教えれば直ぐに喋りだしたし、文字を教えようとすればまるで自分の常識があるかの様な行動をとった。コレじゃ覚えにくい、と俺に文字列を並べ替えた表を作らせた。文字は読めていないようなのに。



(………あぁ、そうだ。だから可笑しいんだ。こいつには、人間のものでもモンスターのものでもない常識があるんだ)



 俺が知っている並びとは異なる五十音の文字列を眺めて満足そうにしているコレは、一体ナニなのか。

 モンスターをずっと見てきた俺だから分かる。コレはモンスターじゃない。モンスターの形をした、別の何かなのだと。



「おい、お前、何者だ?」



 その問いにソイツが振り返る。その目に見える感情は、モンスターが持つとは思えない複雑な、例えるなら答えに困窮する人間のような感情があるように見えた。


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