5.言葉と文字
「オハヨウ」
名もなき小鳥、喋れるようになりました。まだカタコトだけどね。いや、私は頑張ったよ。
モンスター屋の鞭を避けるべく、毎日毎日喋る練習をして、同室(籠)の兄弟達の睡眠を妨げてでも練習しまくったおかげでカタコトながら人間の言葉を話せるようになった。昼夜問わずの練習一週間目くらいから、兄弟達が夜中眠そうに睨んでくることがなくなった。それどころか一緒にごにょごにょと喋る練習をするようになっていたので、私のおかげで兄弟達に睡眠耐性ができた可能性がある。迷惑かけただけではないと思う。思いたい。
「おう、鳥。おはよう。言葉はもういいな。成鳥になればもっと滑らかに話せるようになるだろう」
やったー!モンスター屋の合格が出た!これで怖い目で睨まれ視界の端で鞭をパシパシと叩く手を必死に警戒しながら練習しなくてはいけない地獄の特訓の日々が終わったよ!今となっては胡散臭い笑顔でも笑顔の方がずっとマシな仏頂面のモンスター屋の顔も愛しく思え―――。
「お前、せっかくだから売られる前に人間の常識を覚えていけ。賢い方が可愛がられるだろうからな」
―――なかった。今度は勉強だと何やらいろんな資料を持ち出して机の上にボンボンと積み重ねていくモンスター屋。
「マッテ、トリニ、ソンナノ、イラナイ」
話せるようになったばかりの言葉で必死に抗議してみたが、モンスター屋に鼻で笑われた。酷い。
「一週間でここまで人語を操るモンスターだ。知識を詰め込んで価格を吊り上げれば、上流階級のお貴族様にも売れそうだな」
この人はほんとに金の亡者というか、私にどんどん付加価値を増やして売値を吊り上げることしか考えていない。もうちょっと愛情を持って接してほしいものである。
私、前の世界で言えばペットショップの喋るインコかオウムみたいなものだよ。もっと店員からも客からも「喋ったー!」ともてはやされてもいいはずだよ……などと現実逃避をしてみるが、目の前に居るのは私を商品という物としか見ていないモンスター屋である。
このまま飼われるなら、せめて優しい人間に可愛がられたいものだ。逃げ出すのは半ばあきらめかけている。
この店では、許可のないモンスターが出入りすると電撃が走るという魔法が使われているらしい。私に言葉が通じると分かったモンスター屋がそれはもう丁寧に脅しながら教えてくれた。私のような高額商品が売り物にならなくなっては困るので、決して近づかないようにと。実際、目の前で餌用の小さな虫のごときモンスターが扉を出て行こうとして電気に焼かれたのを見たので、私も近づきたくはない。
金のスライムを倒してレベルが上がったとは言っても、正確なステータスも分からないし、あの電撃に耐えられるかどうかも不明だ。某人気モンスターゲームにも飛行タイプは電気タイプに弱いという設定があったくらいだし、私はどう考えても飛行タイプ。弱点だったら効果抜群で大ダメージを受けるかもしれない。君子危うきに近寄らず、というやつだ。あれ、ちょっと違うかな。まぁいいや。
「いいか、鳥。これがこの国、スティーブレンの地図。俺たちが居るのはここ、マグナットレリア領の首都、マグナリアだ」
………一単語中の文字数が多くてちょっと覚えられそうにないです。と思いつつ、楕円形っぽく広がる地図を見る。国の名前はスティーブレン……だっけ。領土の名前がマグナット……リア?で、首都はマグナリア。あ、だめ、私の頭では覚えられない。鳥頭だけに。
「………分からないなら分からないと言え」
「オボエラレナイ」
「………………常識は難しそうだな。文字にするか」
モンスター屋が、なんというか。初めてとても呆れたような、残念な子を見るような目で私を見た。あれ、なんだろう。とても人間味のある顔なんだけどなんだかとても馬鹿にされているような……いや実際馬鹿なんだけどね。違うよ、鳥の頭が小さいのがいけないの。人間の時はそれなりだった。うん、それなり。
「これが文字の一覧表だ。一字ずつ発音してやるから、覚えろ。あ、い、う……」
(あ、これ……五十音だ。文字は違うけど、平仮名みたいな……これなら覚えられそう)
モンスター屋が出した表には、左上から横に読んでいき、五文字で次の段に移る表が描かれている。上の五文字が母音の「あいうえお」その下は私の知っている「あかさたな」順ではなかったけれど、これは確かに五十音。どう見ても日本人じゃない人たちの口から出る言葉が普通に理解できるのが不思議だったけど、日本語を話しているなら分かって当然だ。
異世界なのに使われている言葉が日本語であることがとても妙なものである気はするけれど、覚える側としては助かる。
でもこの表、やはり「あかさたな」順でないのがとても分かりにくいので、切って並べ替えようと紙を破いたら「何してんだ鳥!!」と怒鳴られた。吃驚した。
「キッテ、ナラベカエル」
「何……?並べ替える?何を、何のためにだ?」
「オボエニクイ。ア、カ、サ、タ、ナ、ニシテ」
意味が分からないという顔のモンスター屋に必死に説明しつつ、私が知っている順番どおりの表が出来たのは体感で言うと一時間くらい後のことだった。
しかし私は満足だ。これで文字も覚えられる。ご機嫌で文字を眺める私は、自分をモンスター屋がどんな目で見ているかなんて分からなかった。
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