19.I3-2

「…………なぜそう思う?」


 水谷が険しい表情で尋ねる。


「木田課長から月村次長のスキルを聞いたんだ。月村次長のスキルは<ステルス>だろ?」


「……」


「ステルスの能力は<ターゲットにならない>」


「……」


「お前は常時発動型のステルスの能力を使っていたからな。

 まず初めに、前回のミッションで、待ち伏せしていたカマキリに狙われたのが、先頭にいたお前じゃなくて、林さんだった点。

 それともう一つ、お前が一体目のカマキリを倒した後、カマキリは対角線上にいたお前を通り越して、俺や早海さんの方に襲い掛かってきた……」


「たまたまということは考えられないか……?」


「まぁ、確かにな」


 さっき早海さんから連絡があった……早海さんの<アナライズ>が水谷に対して有効でなかったこと。

 この件は、水谷が<ステルス>の<ターゲットにならない>という能力を有しているという確度が高い情報になり得るのだが、無暗に早海さんの能力を晒すわけにはいかないから言わないでおいた方がいいな。


「そうだな。あとは宇佐さんの件かな…… お前はあの時、宇佐さんはミッション2で誰も殺していないような回答をしたが、やはり一人、手に掛けてしまったそうじゃないか」


「誰に聞いた……?」


「あー……宇佐さん本人に聞いたわ」


「っ!?」


「お前、あの瞬間で俺の質問の意図を理解したのはすごいと思うが、宇佐さんを犯人に仕立て上げたいという欲が出たんじゃっ……っ!?」


 言葉の途中であったが、目の前の水谷が突然、消えた。


「っ……!?」


 水谷は超高速で俺の背後に周り、明確な殺意を振りかざす。


 だが、その攻撃を俺が動くことも振り返ることもせずにシールドで防いだことに動揺しているようだ。


「ちっ……」


 水谷は、一度、防がれただけで諦めるわけもなく、何度か高速移動からのブレイド突きを繰り返す。


 しかし、その全てをほとんど動くことなく防ぐことができた。


「……どういうことだ……!?」


「悪いな……水谷。お前の動きは全部、視えてるんだ」


「何……っ!?」


「お前のその俊敏さも、俺が木田さんから貰った能力の前には無力だわ」


 自分で努力して身に付けた能力でもないため、これで水谷を追い詰めるのは、少々、惨めな気もするが、今は素直にこの能力を譲ってくれた木田さんに感謝することにしよう。


 木田さんには申し訳ないが、この能力は敵を索敵するための能力として使うのは、本来の使い方ではないと思う。


 範囲内の相手の動きが知覚できるという、この<空間察知>の神髄は、近接戦闘でこそ発揮される。


 木田さんも最期の戦いでは、そのように使っていたわけだが。


「っ……らっ!!」


 飛び込んできた水谷に合わせてシールドで思いっ切りぶん殴る。


「っぐぁあ……!!」


 水谷は壁面にぶつかり、崩れ落ちる。


「……だ、大丈夫か……?」


 安否を確認すると、水谷は顔を上げ、俺を睨みつけ、豹変したようにまくし立てる。


「あ゛ ぁ!! むかつくなぁお前!! 目障りなんだよ!! 平吉のくせに、ずぅっと俺の上に立ちやがって!! 宇佐さんも早海さんも、あの白川とかいう女も、そして、部長も!! 平吉、平吉、言いやがってよう!!」


「……」


 戦績優秀者ランキングのことだろうか?


「…………平吉、俺は惨めか?」


「……多少な」


 水谷は、俺に罵声を浴びせた後、急にトーンダウンした。


「……俺をどうするつもりだ……?」


「どうもしねえよ」


「え……?」


「あんな精神状態だ。お前のことをとがめられやしない。それに、ここでお前を殺すのは俺への社会的信用度的に無理だ。水谷殺害に加え、月村次長殺害疑惑、最悪の場合、木田さんを暗殺したまで発展もありそうだ」


「……こんだけ言われて、俺に怒りみたいなものがねえんだよな…… お前は……」


「……」


「向こうでもそうだった。お前の技術力は部長連中からも一目置かれていた。俺の役職が上がったところで、お前は、どこか別の土俵で戦っているような…… 俺が上から見ても、お前は横を見ている…… そんな感じだ……」


 分からないものだ。水谷が俺をそんな風に捉えていたとは……


 そもそも部長連中から一目置かれていたって何のことですか? 木田課長が良く見えるように報告してくれていたのだろうか……


「いや……そんなことはない。俺は水谷に、割と劣等感を感じていた……」


「……え?」


 水谷は、きょとんとした表情を見せる。何をそんなに驚いているんだ。こちとらコンプレックスの塊だぞと言いたくなる。


 そんなことを思っていると、水谷が再び口を開く。


「死にたくなかった……」


「……」


「平吉、お前は何のために生きている?」


「え……そうだな……」


 特に理由は考えたことがないな。ゲームは楽しかったけど、そのためかと言われると微妙だ。言うならば、何となくか……


「俺はな……母親のためだ」


「……!」


「俺の両親は、俺が小学生の時に離婚した。理由は父親の浮気だ。それ以降、俺は女手一つで育てられた。それからの俺の人生は母親を喜ばすためだけの人生になった。良い成績を取る。良い大学に行く。良い会社に行く。そして、出世する。その報告をすると母は喜んでくれた。時には、隣人に自慢していたようで、俺にとっては、それが何より嬉しかったんだ」


「……」


「そんな自慢の一人息子が死んでしまったら、母はどうなってしまうだろうか…… そう考えると、怖くてたまらなくなった…… ミッション1で殺してしまったのは、本当に偶然だった。そして、そいつの能力を事前に知っていたから、能力を奪えることに気付いてしまったんだ…… その状況で知ってしまった月村次長の能力は魅力的過ぎた…… あの人は普段から天涯孤独を自負していた…… 魔が差した。このじいさんはもう十分、生きた……ってな」


 水谷は組んだ掌を額に付けて、顔を隠すようにしながら話を続ける。


「だけどよ、やってしまってから考えるようになってしまった…… こんな利己的な殺人に手を染めた息子を母は自慢してくれるだろうか……と」


「……俺には、それはわからない」


 俺も素直な気持ちを水谷に伝える。水谷が隠していた手を解き、俺の方を見る。


「だけど、水谷の母親は、例えどんな手段を使ってでも、お前に戻って来て欲しいんじゃないか」


 大切な誰かの確定した死を覆す代わりに、どこかの誰かが死ぬボタンなんてもんがあったら、俺はどうするだろうか。


「……とりあえず、俺の結論は変わらない。水谷、お前に対し、特に何もしない。それだけだ」


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