18.I3-1

 ミッション3終了――


「お疲れ様です」


 灰色の空間に戻る。これまでのミッションクリアと同様に白川さんことファシリテイターが俺達を労う。だが、今までとは違う響きに思える。


「それでは、まずは優秀者の発表です」


 正体を明かした後も、引っ張ることのない進行に変化はない。


 部屋の中央にパネルが出現し、ランキング形式で順位と対象者が表示される。


 一位:平吉。二位:水谷。三位:宇佐。四位:日比谷。五位:土間。


 もう片方のグループは、土間課長がかなり奮闘したのであろうか……


 しかし、木田さんとの共同作戦のおかげで相当な数を狩った。順位に大した意味なんてないだろうが、何だか申し訳なく感じてしまう。


「優秀者の方もそうでなかった方も有難うございました。最終的な一位には特典があることも再度、周知しておきます」


 白川さんが定型句を述べる。


「次に被害報告です」


 パネルの討伐数ランキングが被害者一覧に切り替わる。


「…………」


 これだけの人数になれば、一覧化されなくてもわかる。それでもやはり木田の名前を見て、胸が締め付けられるような思いになる。


 すでに確認していたが、分断されたもう片方のグループは全員が無事に戻って来ていた。


 彼らにどんなドラマがあったかはわからないが、修羅場を超えたような顔つきをしている。


 犠牲者は林、沼倉、茂原、木田、そしてもう片方のグループは十三人中、九人が死亡した。


 生存人数は二十五から十二に減少した。


 ◇


 3回目のインターバル――


「ふぅ……今のは、どうでしたか?」


「……」


 前回のカマキリと同等の強さのエネミーをねじ伏せて、その女性は嬉々とした表情でこちらを振り返る。


 才能とは残酷な物だ……


 <EXTRA>


 現在、早海さんと取り組んでいるシミュレーション訓練の難易度だ。


「お、おぅ……よ、よかったんじゃないですか……?」


 VERY HARDの更にワンランク上。最初はHARDでも厳しいのではないかと思ったが、HARDとVERY HARDをそれぞれ五時間ずつプレイしただけで、すでにEXTRA難易度に適応し始めている。


 前回までのポンコツっぷりで忘れかけていた。この人が<疾風の早海>であることを。


 しかし、冷静に考えると早海さんをポンコツ化してしまったのは、あの日、俺が白川さんにぶつかったせいで、ファシリテイターによる説明が遅れたからだったのかもしれない。


 そう考えると、複雑だ。守ってあげたのではなく、償いのために、守らせていただいたというのが適切かもしれない。


 早海さんは前回の戦いの最後に、閉じ込められるという状況で右ボタン使えない縛りを見事に脳波コントロールで克服し、極太の貫通性レーザーで度肝を抜いた上で、脱出路を作ってくれた。そのおかげで、今ここにいるわけだ。


「さぁ、次行きましょう!」


 やる気に満ちた表情をこちらに向ける。


「い、いや……ちょっと待って……!」


「え……? どうしたんですか?」


「結構長くやったし、ちょっと休憩しましょう!」


「……確かにそうですね」


 かれこれ十二時間はぶっ通しでプレイして、流石に疲れてきた……というのもあるが、このままたった一日で更に上のEXTREAMに到達されたら、ショックが大き過ぎる。


「ごめんなさい…… 私、これまでの無能さを穴埋めしたくて……」


「いやいや、それは殊勝なことだけど、無理はよくないよ」


 半分以上、本当の気持ちだ。


「そ、そうですね…… 適度な休憩も必要ですしね」


「うんうん……! そうしよう!」


「…………ぷっ」


「!?」


 早海さんはこぶしで口を隠すようにして、目を細め、これまた細い肩をぴくぴくと上下に動かしながら、くすくすとしている。


「ど、どうしたの……?」


「ご、ごめんなさい…… で、でも……平吉さん……もしかして……ちょっと追いつかれたくないとか思ってませんか?」


「っ!?」


 ば、ばれておる……!!


「そ、そんなことは……」


「ふふ……焦ってるところ、かわいいですね」


「えぇっ!?」


 か、かわいい!? い、いや、かわいいのはあなただと思いますが……


「安心してください……」


「え……?」


「大丈夫ですよ…… 私はあなたには、絶対に勝てませんよ……」


「……?」


「どんなに操作が巧くなったって、強いビームを使ったって、あなたが私を守ってくれた強さは、スキルコアでは手に入れることのできない別次元の能力だと思います! あなたのスキルである<シールド>のその強さは、あなたの決して壊されることのない心の強さを表しているとさえ思えます。だから、とても尊敬しています」


「……!」


 尊敬とは、褒め過ぎだなと照れくさい気持ちになる。


「本当に、本当に有難うございます!」


 果たして、こんなに感謝されたことがこれまでの人生であっただろうかと少々、複雑な気持ちになる。


「ち、ちなみにですが……私の理想の男性は<尊敬できる人>……です……」


「……?」


 え?


「あ、あれ? 私、何言ってるんだろ!? そ、そ、そ、それじゃあ、訓練から出ましょうか……」


 早海さんはくるっと反転し、背中を向けながら、そう言うと、そそくさとシミュレーションのVR空間から離脱してしまった。




 VR空間に一人、直立不動状態。

 早海さんとの挙式で、席次表の裏面に記載された新郎の好きなところ<尊敬できるところ>について、友沢にいじられている。

 ……場面を不覚にも妄想してしまう。


 と、メッセージの通知が届く。


 <来ないので、行っちゃいますよ。また明日、お願いします>


 そのメッセージを見て、慌てて、VR空間から出るが、一足遅かったようだ。早海さんは立ち去った後であった。そこまで長く妄想していたわけではないと思うのだが。


「あれ? 平吉か……?」


「お? お前もトレーニングか?」


 シミュレーション訓練室から立ち去ろうとすると、そこには水谷がいた。


「あぁ、ちょっとやろうかなと…… 平吉はどこ行くんだ?」


「とりあえず飯を食いに行こうかなと」


「そうか…… 少し話がしたいから、一緒に食わないか?」


「ん……? 別にいいけど、水谷はトレーニングはいいのか?」


「あぁ……」


 そう言うと、水谷は食堂の方に向きを変え、歩き始める。しかし、水谷と飯なんて、いつぶりだろうか。


「そういえば、今、早海さんとすれ違ったけど、一緒に訓練でもしていたのか?」


「まぁな」


「へぇー……」


 どういう意味のへぇー……だ?


「ところで、ちょっと聞きたいんだけど、なんであんなに早海さんに執着するんだ? 前のミッションでも攻撃動作ができない彼女をずっと守るようにしていたようだし…… ひょっとして好きなのか?」


「え……!? んー……」


 水谷に早海さんへの執着を指摘されて、ふと冷静に考えてみる。


 確かに早海さんは美人なので、目の保養にはなるが、前回のミッションでは、そういう下心は持っていなかったと思う。


 俺は、このイケメンと異なり、三十五年間の恋愛弱者の歴史を積み重ねており、いつしか見る専根性が染み着いており、期待感を能動的に抱くということは起こらないようにできている。


 さっき、あんなことを言われてしまい、今は、そういう気持ちがないとは言い切れないが……


 前回のミッションで早海さんをむきになって守っていた理由には心当たりがあった。


 ミッション2で守れなかった高峰さんの代わり。


 ぽっかりと空いた心の隙間を埋めるための代替を早海さんに求めていたのかもしれない。


 そう考えると、早海さんに少し悪い気もする……


 次からは、ちゃんと早海さんを早海さんとして、守らなければなと、ひっそりと思う。


 今の疾風に戻った早海さんは守る必要もないかもしれないが。


「見殺しにしたくなかったからだよ……」


 嘘ではない。


「……なるほどな」


 水谷はそれ以上、突っ込んではこなかった。


「……そういえば平吉、前回のミッションの途中で、気になることを聞いてきたな」


「……っ!」


 水谷は少しトーンを落とした声で、静かに話す。


「……宇佐さんはミッション2で誰かを殺したのかって」


「……そうだな」


「あれから、その質問の意味を考えたんだが…… もしかして彼女なのか……?」


「……」


 どこまでも勘のいい奴だ。


 確かに質問の意図はその通りだ。宇佐さんが月村次長を殺したかもしれない。そう思っての質問であった。


 その時、先に行ってしまった早海さんから再びメッセージが届く。


 <平吉さんに言われた人、アナライズしてみようとしたのですが、言われた通り、アナライズできませんでした。。。>


「…………あれ? 平吉…… 食堂はこっちだっけ?」


「いや……あそこはひと気が多いからな……」


「え……? ここって……」


 そう。ここは月村次長が殺害されていたという自殺室の近くのひと気の少ない広めの通路であった。


「お前…… まさか……月村さんを……!?」


 水谷がハッとした様な表情を俺に向ける。


「いやいや、それはないって…… そんなのわかってるだろ? だって、じゃん。月村次長を殺したの」



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