13.M3-5

「今!」


「はいっ!!」


 木田の掛け声と共に、ブレイドを上方に大振りする。


 カマキリの頭部を切断することに成功した。


 窮地に追いやられた俺達が取った作戦は、奴らの専売特許を奪う”待ち伏せ作戦”であった。


 まず入り口の狭い店舗に逃げ込んだ。中はレストランのようであった。


 レストランに逃げ込んだのは偶然で、もうそれしか選択肢がなかったからだ。


 だから、正直言って、一か八かの作戦に賭けるしかなかった。


 だが、賭けは功を奏した。


 作戦はシンプルだ。


 木田の空間察知でカマキリが入店するタイミングを完璧に伝えてもらい、俺がそのタイミングでブレイドを振る。


 カマキリのサイズ感はほとんど同じであったため、見事に頭部を狙い撃ちできた。


 入口が狭いため、カマキリは一体ずつしか入店できなかった。


 術がないのか知能がないのかはわからないが、カマキリは律義に入口から入店してくれた。


 一体倒すと、その死体が入口を塞いでいたが、その死体はしばらくすると姿を消した。そう言えば、彼らは共食いをすることで有名な昆虫であった。


 この作戦のデメリットとしては、店内にカマキリの頭部が散乱することだ。


 すでに二十余りの頭部が転がっており、正直言って、気持ち悪い。


「えーい……! えいっ!」


「……」


 男二人が入口付近で単純作業を繰り返す一方で、白川さんは男達が生産したカマキリの頭部を店内に向けて投げまくっている。


 決して、怒り狂っているわけではなく、店舗内に先住民カマキリがいないかを確認するためだ。


 早海さんは特にすることがなく、申し訳なさそうにじっとしている。


 早海さんに手伝う意思がないわけではないだろうが、物を拾って投げるという動作は、脳波コントロールの習得なしでは、できなかったため仕方がない。


 元より人間の頭部より一回り大きいサイズ感のあるカマキリの頭部を拾い上げて投げるというバイオレンスな行為を平然と行うメンタリティが早海さんにあるかは謎であるが…… 


 しかし、前回のミッションで頭を抱えて座り込むという動作をできていた早海さんは脳波コントロールが全くできないわけではないだろうが、無意識でないとできないということであろう。


 白川さんの献身的な調査の結果、幸い、店舗内にカマキリはいなかった。


「いらっしゃいませ!」


 木田の合図に、俺が呼応する。


「恐れ入りますが、昆虫のご入店はお断りさせていただいております!!」


「入店直後に首を狙われるようなレストランには行きたくはないものだな」


 俺も木田も、やばすぎる状況に少しおかしなテンションになっているようであった。


 ◇


 しばらく作業を続けているとカマキリの入店が収まる。


 討伐数は50になっており、すでにカウントはストップしている。


 生存者数は18。


 誰かはわからないが、茂原さんの後に五名が亡くなっている。


 残り時間は一時間半。


 せっかく討伐数条件をクリアしていても戻れなければ意味がない。


「そろそろ出ますか……?」


「そうだな……」


 こういう時は言い出しっぺが最初に出る。世の中、そういう風に決まっている。今は世の常の不条理さを嘆いている時間はない。


 俺はシールドを展開しつつ、恐る恐る店舗の外に出る。


「うわぁ……どうしよう……これ……」


 目の前に現れた本物の不条理に思わず弱音が零れる。


「どうした!? ……っ!?」


 次に出てきた木田もそのカマキリを見て、絶句する。


 大きい。


 今までのカマキリとの差異はその一点に尽きる。だが、その一点だけで、十分に絶望を感じられる程のサイズであった。


 これまでのカマキリに比べ、三倍程度のサイズはあるだろう。


 道理でレストランに入って来なかったわけだ。


 しかし、俺はこいつを初めて見たわけではなかった。


 あの吹き抜けで天井に張り付いていた巨大なものの正体が恐らくこいつだ。


 こちら側に来ちゃいましたか……と本日の運勢をひたすら呪う。


「どうします? モールの奥側に逃げるという手もありますが……」


 俺は木田に意見を求める。カマキリはモールの入口側に陣取っていた。入口に戻るにはこいつを撃破する他ない。


 向こうもそれなりに警戒しているようで、すぐに襲ってくる様子はなく、睨み合いとなる。


「いや、そちら側が安全という保障もない」


 減っていた生存者数、五という数値がちょうど分断されたもう片方のチームの人数と一致していることが脳裏を過る。


「そうですね…… 強行で逃げることもできるかもしれませんが、その場合、何人かは犠牲になるかもしれません…… その犠牲者が白川さんだったら最悪ですが、白川さんはうまく逃げてくれるような気もします……」


「確かにそうだな…… だが、できれば私はもう……その作戦は取りたくない……」


「っ……」


 木田はこちらを見ることなく、目を細めている。


「……わかりました。では、僕が戦いますので、木田さんは二人を守って……」


「いや、私も戦うぞ」


「ですが……」


「足手まといになると思っているな?」


「……!」


「生意気な部下だ。見とけよ」


 木田は相変わらずこちらを見ずに話しているが、口元は少し緩んでいるようにも見える。


「……わ、わかりました……白川さん! 早海さんを頼みます」


「わかりました。死んでも守ります」


 いや、それはそれで困るんですが…… この人、絶対、冗談好きだよな。


「よし………………」


 木田が深く息を吐き、そしてそれを戻すかのように息を吸う。


「いくぞっ!!」


 その掛け声と共に、意を決し、巨大カマキリに猛然と突進する。

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