12.M3-4

「知っている人もいると思うが、私の能力は<ストップ>のようだ。対象の行動を一定時間止めることができる。距離の制限はあるがな」


 日比谷が今起こったチート現象の説明をしてくれる。


 ファシリテイターこと白川さんによると、スキルコアは事前アンケートを元に、有能と思われる者に優先的に大きなスキルコアを埋め込んでいるとのことであった。


 部長である日比谷には最大級のスキルコアが埋め込まれたのは間違いないだろう。


 距離の制限があるので、弱点がないわけではないが、接近戦では、ほぼ無敵である。


 この能力であれば、ミッション2で急激に討伐数を増やしたのも納得できる。


 部長の役職に恥じぬ強力な能力だ。




 宇佐さんが放った衝撃波で引きずり出した六体はひとまず殲滅できたが、まだ、かなりの数を討伐する必要があった。


 討伐数は7となっているため、もう片方のグループはまだ一体も狩っていないようだ。生存者数の減少もないため、死者も出ていないようだが。


「ひとまず衝撃波が及んでいるところまでは進みましょうか……」


「そうするか」


 水谷が提案し、日比谷が了承する。


 ◇


 通路を進んでいくと広場に出る。


 ちょっとしたイベントが催せそうな広さだ。三階までが、吹き抜けになっており、天井が高い。


「衝撃波の範囲は、この辺までですね」


 水谷の言う通りこの先は壁や通路に衝撃波による損傷が見られない。


 ひとまず視界のよい中央付近に皆が集まる。警戒心の強い日比谷が注意を促す。


「衝撃波は上階には及んでいない。注意を払う必要が……」


「あぁあああああ!!」


 突如、誰かが声を上げる。茂原さんであった。咄嗟にその方を見る。


「っ……!?」


 茂原さんはカマキリに捕らえられていた。


 こんな視界がよく、付近に何もないところでなぜこんなことが起こるのか未だに理解できていない。


 茂原さんは上体を鎌で捕らえられている。


 必死でジタバタもがくが胸部がストッパーになってしまい逃れることができない。


 そして、信じられないことにカマキリは逆さまになりながらも宙に浮いているのだ。


 しかも、更に不可解なことに、糸か何かでぶら下がっているような様子ではなく、まるで空中に足場でもあるかのように歩いている。


 カマキリは空中を後退しながら近距離武器の届かない高いところまで茂原さんを運んでしまう。


「……」


 宇佐さんが無言で掌を上方へ向ける。


 茂原さんが先刻、友沢に向けて語った発言が想起する。


【友沢さん……私も……私があんな状況になったら殺して欲しい……です】


 致し方ないのか……と、唇を噛み締める。


「た、助けてぇえ……助げてよぉ……死゛に たく゛な い」


「っ……!」


 茂原さんのその悲痛な声は、耳ではなく、胸に突き刺さるような感覚に陥る。


「っ……」


 宇佐さんはそこから先のアクションを起こすことなく、停止している。


「宇佐さん……辛いと思いますが……お願いします」


 日比谷が遠慮がちに非情な指示を出す。宇佐さんの周りに光の粒子が発生する。


「ま、待ちなさい!!」


 意外にもそれを制止したのは白川さんであった。


 だが、すでに引き金を引かれた状態のエネルギーの解放を止めることはできなかった。


「や゛め てぇえ゛え ええ……お願゛い ぃいい!!」


 茂原さんの叫び声が広場を反響するように響き渡る。


 まもなくして、雨のようなレーザーがカマキリ目掛けて発射される。


「っ……!?」


 しかし、そのレーザーは茂原さんの願いを叶えるように、茂原さんを殺めることはなかった。


 だが、茂原さんだけでなく、ターゲットであったはずのカマキリにもレーザーが到達しなかったのである。


 それは、レーザーが、”その対角線上にいたカマキリ達”に着弾したからであった。


 冷静に考えていればわかったかもしれない。


 なぜカマキリが空中を歩いていたのか。


 今なら、その答えが簡単にわかる。


 透明化した大量のカマキリ達が束になって天井から、ぶら下がっていたのだ。


 宇佐さんの拡散レーザーはその束に直撃し、討伐数が3増加した。


 だが、この三体の討伐を喜ぶには、あまりにも代償が大きかった。


 宇佐さんのレーザーを受けたカマキリの大群は姿を露わにし、怒り狂うように鎌を振り上げ、しきりに奇妙な鳴き声を上げている。


「きゃぁあ゛あ あ゛あ あ……ば……べ……」


 興奮したカマキリ達は奪い合うように茂原さんに群がり、数秒後には、茂原さんの姿や声は確認できなくなっていた。


「え……? ま、まじか……」


 カマキリ達がうごめ最中さなか、チラリと見えた天井に張り付いていた巨大なものが、なかなかに衝撃的であったため、目を擦って確認したくなる。


 だが、そんな悠長なことはしていられなかった。


 カマキリ達は、次の餌を地上に求める。頭上から次々にカマキリが降り注ぐ。


「あ……やべ……」


 俺は危機的状況に陥ったことを悟り、思わず声を上げていた。


 カマキリの大量落下により、チームは二つに分断されてしまっていたのだ。


「と、とりあえず一回通路に逃げろ!!」


 俺を含む分断されてしまった片方、四人のうちの一人であった木田が叫ぶ。


「早海さん!! 行くよ!」


「……はい!」


 運がいいのか悪いのか早海さんはこちら側だ。まぁ、守るために近くにいたから必然といえば必然だが。


「あー、これはやばいですねー……」


 問題の女性は、危機感がなさそうな口調で呟く。


 最悪なのは、こちら側にこの人……白川さんがいるということだ。


 この人が死んだら全員死ぬ。この人を絶対に守らなくてはいけない。こんなの平社員に背負わせていい重責ではないだろう。


 不幸が大きすぎて、幸いというのはいささか躊躇ためらわれるが、最悪の中でもマシだったのは、今まで来た道を戻る側にいたことだ。


 飛び道具を持たない俺達は待ち伏せに対する有効な対策を持ち合わせていない。


 戻る側であったおかげで通路にカマキリが潜んでいる可能性は低かった。


 それでも窮地であることに変わりはない。


 大量のカマキリが追いかけてきている。


 今は全力で来た道を戻るしかない。

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