05.M2-1

 メッセージが届く。ミッション2が開始されるため、所定の会議室に集まることを指示した内容だ。


 差出人は記載されていないため、主催者からのメッセージだろう。

 無視すれば、彼らにとって人命よりも尊いスキルコアを回収される可能性が高そうだ。


 幸い、会議室にはインターバル最終日であった昨日と同じ人数、41名が集合する。


 皆、緊張した面持ちで待機していると、何の前触れもなく、暗転し、本体との接続が切断される。仕方がないので、バーチャルの体を動かし、ヘッドギアをはずす。


 例の灰色の部屋だ。


 バーチャルの皆様と三日ぶりの再会を果たすが、俺はとても「久しぶりだな」などと冗談を言うような気分にはなれない。


「よっ! 久しぶり」


 友沢が苦笑いするような表情で声を掛けてきた。友沢こいつもなかなかタフネスなメンタルをしていやがる。そう言えば、肉体強化されても眼鏡はつけたままなんだなとふと思う。


「皆様、休息は有意義にお過ごしいただけたでしょうか?」


 灰色の露骨なコンピュータグラフィクスの女性のシルエットが前回と同じように部屋の中央上部に出現する。ファシリテイターだ。


「若干名がリタイアされているようですが、これだけ残れば優秀な方です」


 日比谷部長がシルエットを睨みつけているが、無駄に反論をするつもりはないようだ。一方のファシリテイターも淡々と話を続ける。


「それでは、これからミッション2の説明を致します。と言っても、前回と大きな違いはありません。今回はキメラを合計500体以上狩って、五時間以内にスタート地点に戻ってくるというものです」


 前回が三時間で100体であったことを考えると、単純に考えて、前回より三倍近い速度でキメラを狩らなければならないということだ。しかも、今回は死の恐怖とも向き合わなければならない。


「では、再び、ヘッドギアを装着してください」


 指示に従い、ヘッドギアを装着する。


 本体側の視界が目の前に広がる。前回と同じように壁、床、天井全てが白い……広い部屋に集められているようだ。


「皆様、ミッション1を見事クリアされたということで、クリア報酬として、脳波コントロールの接続制限が解放されます」


 意味がよくわからなかったが、そう宣言された瞬間から、本体側の感覚が、よりリアルに感じられるような気がした。


「何をした?」


 日比谷部長が眉間のしわを保ちつつ、ファシリテイターに問いかける。


「脳波コントロールの接続制限が解放されることで、これまで首から上の機能に制限されていた脳波による肉体コントロール……それが全身を対象に可能となります。

 これにより、順応度の高い方は、徐々にコントローラを介することなくアクションを行うことができるようになり、最終的には、自由自在に体を動かすことができるようになります」


 そいつはすごいと思い、とりあえず頭のイメージだけで歩いてみようとする。


「……」


 全く動かない。


「……!?」


 周囲を見ると、数名が歩いたり、体を揺すったりしており、「あ、動いた……」などと呟いている者もいる。


 残念ながら俺は順応度とやらが低いようだ。若干の悲しさを覚えつつ、コントローラを強く握りしめる。


「それでは、ミッションを始めましょう。皆様の生還を心から願っております」


 相変わらず引っ張ることもなく、心の準備的なものをする猶予も与えず、さらりと生命の危険にさらされる戦いをスタートさせる。五時間に設定されたタイマーが動き出す。


 タイマーが動き出すと、当初予定されていた通りにグループのメンバーが集まる。そして一番槍として、自分が属する木田課長チームが外の世界へと向かうこととなる。


 このチームは索敵能力に長けている。友沢の能力であるスケスケ眼鏡による<視覚強化>は、言うまでもないが、周囲の情報を視覚情報により確認する上で非常に有用だ。


 そして木田の能力<空間察知>により視覚だけでなく感覚でも状況を把握することができる。木田の話を聞く限り、<空間察知>は周囲十メートル程度の空気の振動を感知することができ、いち早く、敵の存在を確認できるということだ。


 とある昆虫は、微弱な空気の振動を感じ取ることで、外敵が物音を立てずに近づいてきてもそれを把握できるというがそれに似ている。これにより敵の奇襲を事前に察知することができるということだ。場の空気を読むことに長けた木田課長にはぴったりの能力だ。


 最初のミッションのように通路を抜けて、外に出る。少し驚いたのだが、前回とは別の場所のようだ。ただし、情景はあまり変わらず、荒廃した都市のようであった。


「あれ……? ここって……」


 友沢が周囲を見渡しながら呟くように言う。


「ん……? 友沢、どうした?」


 木田が問い返す。


「い、いや……何でもないです」


 友沢は腑に落ちないような顔をしていたが、それ以上、何か言うことはなかった。


 マップを確認すると、前回と異なり、複数の矢印が表示されていた。


「この辺には、特に何もいないみたいだな…… それじゃあ、うちのグループは一番右側の矢印の方向に行くことにしようか」


 木田はそう言うと、後続のグループと重複しないように木田チームの行先をブロードキャストメッセージで飛ばす。


「さて、行こうか」


 木田の合図と共に八名のメンバーが矢印の方向へ動き出す。一番前が友沢、一番後ろが木田で、他のメンバーは友沢についていく。


 ◇


「いた……!」


 しばらく走ると、友沢が声を上げ、停止する。しかし、視覚強化のない俺達からは、何がいたのかを、まだ確認することができない。


「なんだあれ……魚? こっちに向かってる!」


「魚!? ここは陸地だぞ!」


 木田が至極真っ当な疑問を友沢に投げかける。


「んなこと僕に言われましても! もう来るんで自分の目で確認してください!」


 どうやら今回のキメラは前回のカエルマンとは違うタイプのようだ。


 シミュレーション訓練でも多種多様な種類の敵が出てきたので、恐らくそうだろうとは思ってはいたが、やはりキメラとはいろいろな種類がいるようだ。


 敵の接近に備え、各々が戦闘モードに切り替える。


 高峰さんが少し遅れて戦闘モードになる。


 高峰さんに、更に遅れて、早海さんも戦闘モードになる。


 友沢の予告通り、人間ではない何かが集団で押し寄せて来る。


 俺は友沢に代わり、集団の先頭に出る。


 パーティ内で恐らく唯一の防御専用スキル<シールド>で迎え撃つためだ。


 皆を守るため……というのもあるが、昨日のシミュレーション訓練内の打ち合わせで決まってしまったが故の行動だ。


 思惑通り、かなりの速度を保持したまま突進して来た三体のキメラがシールドに激突した。


 半透明なシールドを通して、キメラの奇妙な姿を確認する。


 体長は120~30センチメートルくらいだろうか、人間の子供くらいだ。


 やや前傾姿勢ではあるが、人間のような四肢を持っている。


 しかし、上半身には魚のような頭部が生えている。


 頭部は、くの字のようにやや尖っており、先端には小さな口が付いている。


「カワハギ……?」


 西園寺さんが呟く。


 西園寺さんが釣り、あるいは水族館巡り等の趣味を持っているのかどうかは知らないが、知識として持っていたのであろうキメラの頭部の魚種を呟く。


 聞いたことのある魚だ。確か、皮を簡単に剥げるからカワハギというんだったか……


 あまり悠長にカワハギのことについて考えている余裕はない。


 まずは突撃してきた三体をブレイドにより連続で攻撃する。


 三体のカワハギマンはそれぞれ一回のブレイド攻撃で絶命し、3の数値がポップアップする。


「囲まれないように横に広がれ!」


 木田が叫ぶ。その指示に従うように、俺の後ろにいたグループメンバー達は横長に隊列を組み直す。


 カワハギマンは全体で二十体くらいいるだろうか。本能に従うかのように次々に飛び込んでくる。


「カワハギはわかりにくい。しかし、その小さい口の中が強靭な歯持ってる! 気を付けてください!」


 今度は中国人の王さんが少しだけ日本人らしくない表現もあるが流暢な日本語でカワハギの特性を皆に伝える。


 西園寺さんといい王さんといい、なにゆえ君達はそんなにカワハギに詳しいんだ? と思いつつ応戦する。


「アイヨ!!」


「お、王さん!!」


 忠告をしてくれた王さんが左腕をカワハギマンに噛み付かれている。


「せいっ!!」


 近くにいた友沢が王さんに噛みついたカワハギマンをブレイドで突き刺す。


「大丈夫? 王さん」


「ありがとうね」


 感謝を述べた王さんの腕からは血が出ており、皮膚がめくれている。痛そうではある。しかし、致命傷ではないようだ。幸いなことにカエルマンとは異なり、有効打イコール即、死亡というわけではないようだ。


 周りを見渡す。


 カワハギマンは理不尽なほど素早いわけではなく、男性陣は何とか対応できているようだ。


 白川さんも謎の適応力を発揮し、それほど危ないようには見えない。


 やはり危険な香りがするのは、高峰さんだ。怖いのか無駄に動き回っている。


 しかし、そのおかげで攻撃はできずとも、カワハギマンに的を絞らせずにいる。


 そして、高峰さん以上に危険な香りがするのが、早海さんであった。


 敵を目で追うばかりで体が全く動いていない……などと思っているそばからカワハギマンの一体が早海さんに向かって、飛び掛かる。


「危ない!」


 間一髪、俺はカワハギマンと早海さんの間に入り込む。シールドで防ぎ、激突して怯んだカワハギマンをブレイドで片づける。


「……」


 早海さんは感謝を述べるでもなく、叱られた子犬のように俺のことをじっと見る。


 ど、どうすればいいのでしょうか……!?


「平吉! 早海さんを守ってやれ!」


 木田が少し離れた場所から声をあげて指示する。


「は、はい……」


 上司の命令なので、ひとまず早海さんを守ることを最優先にする。


 カワハギマンと早海さんの間のポジションを死守するように立ち回り、シールドで防ぎ、怯んだところを狙うというシンプルな戦いに終始する。


「……っ」


 なんとか耐えられてはいるが、カワハギマンにイレギュラーな動きをされると状況が一変する可能性がある危険な状態であった。


「は、早海さん……! このままじゃ……危ないかも……」


 背中越しに、暗に動いて欲しい旨を伝えようとするが、早海さんからの反応はない。


「は、早海さん……!? おーい」


 カワハギマンの攻撃が一瞬、緩んだところで俺は背後を確認する。


「!?」


 なんと早海さんはその場にしゃがみ込み、頭を抱えている。

 そんなコマンドあるんですか!? 


 いや、これはもしかして脳波コントロールによるものか? と悠長に考え込んでいる時間はない。


「だ、大丈夫? では、なさそうだけど……」


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 早海さんが初めて言葉を発する。しかし、顔を伏せたままだ。


「ごめんなさい……私……右側のボタンが……押せない……」


 コントローラの左側は移動用のジョイスティックだ。そして、右側のボタンはアクション系のコマンド……


 理由は聞くまでもない。


 コントローラを試しに動かしていた時に火野次長を誤って殺害してしまったことがトラウマになっているからだろう。


「もう私のことは見捨ててください……やっぱり死んでおいた方がよかった……」


「……」


 やはり死のうとしていたのかと思う。


 インターバル初日に、自殺室にて自殺した正保さんが自殺室に入っていくのを目撃したのは早海さんだった。


 あんなところ、自殺それ以外の目的では行かない。


「ひら……さん、いっそ私のことを殺してください……そうすれば……」


「!?」


 そうすれば? カワハギマンよりは痛みなく殺してあげられるかもしれないが、俺も同じように右側のボタンを押せなくなりそうな提案だ。


 それと、俺の名前うろ覚えだろ。


「平吉です…… 早海さん、あなたのことは殺しませんし、見捨てません。上司命令なので……」


「……」


 早海さんから返事はない。

 カワハギマンの攻撃が再開していたので、視覚強化のない俺には背中越しに早海さんが今どうしているかの様子を確認することはできない。


 カワハギマンは強くなかった。


 一体一体はカエルマンよりも弱く、シミュレーション訓練で言えば、難易度はNORMAL程度。


 幸い、イレギュラーな行動はなく、馬鹿正直に次々に突っ込んでくる性質があるのか、あまりその場を動かずに飛び込んできたタイミングでシールドを展開し、怯んだところを攻撃するという立ち回りが見事にはまる。


 早海さんを守らなければならないハンデはあるものの、むしろ誰かを守らなければという気持ちのおかげで、死の恐怖を少し忘れられているのか、想像以上に体が軽い。


 ◇


「ふぅ……ひと段落か……」


 木田の声が聞こえる。近くにいるカワハギマンは全て討伐し、新たなカワハギマンの襲撃は一旦、収まったようだ。


「はぁ……なんとか生き残ったぞ」


 友沢が呟く。誰も死んでいない。


「早海さん……大丈夫ですか?」


 すでに頭を抱えるのは止めて、呆然とした様子の早海さんに声を掛ける。


「お、おかげ様で……」


 なんとか会話は可能なようだ。


「ちょっ! 平吉! それは何だ!?」


「えっ……!?」


「お前の周りのキメラの山だよ!!」


「あ……」


 早海さんを守ることで無我夢中であったから意識していなかったが、気付けば、カワハギマンの死骸に囲まれていた。


「すごいです! 平吉さん!」


 高峰さんが褒め称えてくれる。


「私なんて、二体しか倒せなかったのに……」


 と言いつつも、少し誇らしげだ。


「高峰さんも無事で何よりです」


「皆さんが守ってくれたおかげです……! 平吉さんは守ってくれませんでしたが……」


 ちょっとむくれた顔をしているような気もするが、その顔が、ジェラシー的な顔なのか、普段より少し空気を多く吸ってしまっただけの顔なのかを判別する能力が俺にはない。


 改めて数値を確認する。自身の討伐数は74、全体の討伐数は458/500となっていた。


 と、見ている間にも討伐数は増えている。別のグループも交戦しているのだろう。


「……」


 討伐数を確認すれば、望まずとも同時に別の数値も確認できてしまう。


 生存者数は29。


 このグループからは一人も死者がでていなかったので、一時的に忘れていたが、すでに他所では、十二名が死んだということだ。


 無意識に宇佐さんや水谷じゃないといいな……と思ってしまう。


 しかし、誰かの生存を願うのは、裏を返せば、代わりに別の誰かが死んでいたらいいと願うようなもののような気がして、少し自己嫌悪する。


 そうこうしているうちにカワハギマンがまた湧いてくる。


「どうしますか? 木田課長」


 恰幅かっぷくの良い西園寺さんがこのチームの指揮官である木田に尋ねる。


「そうだな……残りは別のグループがやってくれるだろう。キメラが増え過ぎる前にここを離れつつ、スタート地点に戻ろう」


「了解です」


 木田の戻るという判断に皆、従うことにする。敵に背中を向けての撤退時用に、前方に木田、後方に友沢という陣形を組み、カワハギマンから逃げるようにして、スタート地点へと向かう。


 ◇


「こっちの方が少しですが、足が速そうです。なんとか魚共を撒けそうです」


 友沢の声を聞き、走りながらも、後方を確認する。確かに、カワハギマンの群れは徐々に遠くになりつつあった。少し安堵しつつもまだ安心はできない、気を引き締めなくては……などと思いながら、首を前方に戻す。


「!?」


 首を前方に戻したのだが、その途中で、何かが視界をかすめた。

 その有り得ないほど巨大な何かは横道からこちらに迫っていた。

 反射的に、前方に戻した首が再びその巨大な何かの方向に戻ろうとする。


「右から来るぞ!!」


 木田が叫ぶ。

 だが、メンバーがその声の意味を認識した時にはすでに、巨大な何かは俺達のグループの中腹を横断した後であった。


 横断後、急停止し、巨大な尻尾を見せつけるその生物の背中に、俺達は釘付けになる。


 肉食恐竜のような姿だ。


 巨大な体、巨大な尻尾、二足歩行で、翼はない。


「な、何でヒュージサイズがこんなところに……」


 誰かがそんなことを口にする。そして、その巨大な生物が、ゆっくりと振り返る。


 頭部はウツボのような姿をしており、口からは西園寺さんが飛び出ている。

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