03.I1-1
あの衝撃の日から二日が過ぎた。
ミッションの合間には、三日間の休息<インターバル>を取ることとなっており、今日がその最終日だ。
一つ目のミッション終了時点における生存人数はすでに43名であった。
53名は外の世界から戻って来られずに死んだ。
ほとんどはカエルに食われた。
残りの104人は最初の部屋に残り、処分された。
ファシリテイターによると極めて人道的な方法で処分したとのことだ。
俺が普段、同じチームで仕事をしていたメンバーは、宇佐さん以外ほとんどが最初の部屋に残っていた。
普通に考えれば、気が狂っていそうな状況だが、意外なことにそうはなっていなかった。
現実味がなさ過ぎるせいで正常性バイアスが働いているのだろうか。
はたまたファシリテイターから告げられた<肉体改造>の影響であろうか。
だが、胸を締め付けられるような感覚は常に続いていた。
あの日、ファシリテイターは俺達の大いなる誤解を指摘した後、質問に対して、いくつかの情報を開示した。
「貴方達はこの世界に呼び寄せられた後、肉体改造を施されています。故に身体能力は飛躍的に上昇しております。年齢が高い方についても全盛期に近い状態になっており、不利はありません。
肉体改造により、生身のままでは、まともに身体を動かすことが困難です。そのため、意識をバーチャル環境にリンクすることで、コントローラというシンプルなインタフェースを介し、脳を遠隔操作することで強化した体を容易に操作し、徐々に順応させていくことができます。ミッションをこなし、元の世界に戻る頃には、直接、身体を動かすことができることでしょう」
だが、肝心のこの世界は何なのか、こんなことをする目的は何なのかについては、「現時点では秘匿事項」として回答してくれなかった。
インターバルの間は、強制的にコントローラを介して、生身の体を動かすこととなった。生身の体は基地のような施設に収容されているようであった。
集合住宅のような造りの建物内で、一人一人に個室が与えられた。
個室には窓はなく、外からの音も全くしない。地下施設なのだろうか?
個室から出れば共用スペースとなり、他の人達と会うこともできる。共用スペースには、いくつかの設備が備えられていた。
代表的なところで、食堂、ミーティングルーム、シミュレーション訓練室などだ。そしてご丁寧なことに自殺室が用意されていた。
安楽死できるので、どうしても耐えられなくなった場合はご利用ください……とのことだ。
ふざけているようにも思えるが、前回の戦いと同様のことが今後も行われると考えれば、死は壮絶なものが予想される。いっそここで楽に死んだ方がマシと思うのは不思議なことではない。
そう考えると、運営側の優しさのように思えなくもないが、恐らく、無駄死にされるくらいなら貴重なスキルコアとやらを回収したいということなのだろう。結局は外道だ。
インターバルの間はシミュレーションによる戦闘訓練も可能であった。バーチャル環境から操作する本当の肉体にVRの模擬戦闘をさせるのだから、もはや夢の中で夢を見ているような意味がわからない状況であった。
◇
インターバルを開始してからの過去二日間を振り返る。
一日目の俺は、ほとんど何もすることなく過ごしてしまった。特別誰かと会話することもなく、緊張感と不安で何も行動をすることができなかったのだ。
何もせずにいても意識がある限り、脳は勝手に動いてしまう。
何かを考えていないと、星野さんのことばかりが頭に浮かんでしまう。
あんな死に方は嫌だ…… 苦しかったのだろうか…… 他の誰かがあんな風になってしまったら…… どうしたら救えたのだろう…… そんなことばかりが脳内を駆け巡った。
別のことを考えなくてはと、頭の中で、キメラに対して無双する自分の姿をイメージしてみたりするのだが、しばらく経つと、今度はそれが馬鹿馬鹿しく思えてくる。
そんな風に頭の中で繰り返すだけで一日が終わった。
インターバル二日目。昨日のこと。
危うく初日と全く同じ過ごし方をしてしまいそうになったが、朝の早い時間に一つのイベントがあり、全く同じというわけではなくなった。
メッセージアイコンがポップアップしたのだ。
それは日比谷部長からであり、全員でミーティングを行うことになったのだ。
少々、おっくうでもあったが、一人で黙々としているのも限界に近かったため、サラリーマンらしく上司の提案に従うことにした。
呼ばれた理由はおおよそ想像できた。
生存者数の減少についてだろう。
インターバル一日目まで、43だった生存者数が、二日目になって42になっていたのだ。
俺は憂鬱な気持ちを抱えたままミーティングルームへ向かった。
ミーティングルームに着くと、それなりに広い部屋で長方形状の机と、それを囲うように椅子が用意されていた。
自分が到着した時には、ほとんどが集まっており、俺はすでに来ていた友沢の隣の席に着いた。
その後、全員が椅子に着いたことを確認すると、日比谷部長が立ち上がり、話を始めた。
「まずは、このような状況下においても集まってくれて有難う。最初に悲しい報告をしなくてはならない。皆さんも気づいていると思うが、昨晩、また一名の犠牲者が出てしまった。亡くなったのは正保さんだ」
全員が鎮痛な面持ちをしている。前回の討伐数ランキング四位の正保さんが自ら死を選んだというのは、かなりショッキングであった。
「月村次長、説明をお願いします」
日比谷部長から指示を受け、月村次長が状況説明をしてくれる。
月村次長は、最初に早海さんのブレイド暴発事故により亡くなった火野次長と同ポストである。
火野次長とは対照的に、声の大きいタイプではなく、温厚で温和、そんな印象だ。
年齢は火野次長と同様に五十代前後であり
「目撃者の早海さんによると、正保さんが自殺室に入っていったそうです。止めようとしたが、間に合わなかったそうです。報告を受けた私と日比谷部長で確認したところ自殺室は、一度、施錠が掛かると、しばらく開くことはなく、施錠が解除された後、自殺室に正保さんの姿はありませんでした」
月村次長が一通り説明を終えると、再び、日比谷部長が口を開いた。
「正保さんだけでない。すでに亡くなってしまった159名に哀悼の意を表し、黙祷を捧げたいと思います」
皆、無言にて了承を表明する。
「それでは、ご起立願います。黙祷……」
目を瞑り、祷る。こんなことに意味があるのかはわからない。むしろ生き残った我々の気休めかもしれない。それでも、ただただ亡くなった方々の冥福を祈った。
「今日、集まってもらったのはこの報告が第一、そして次に私から頼みがあるからだ」
その言葉に皆、日比谷部長に視線を向けた。
「自殺室による犠牲者はこれで最後にしたい」
「……?」
確かにそうであれば良いのだが、それは難しいのではないかと思えた。
日比谷部長がその真意を語り出した。
「このような現実離れした状況に、困惑しない方がおかしいだろう。だが、私は元の世界に戻りたい。しかし、それは私がかつて手に入れた物を取り戻すためではないのだと思う。元の世界に戻ったところで元の生活に戻れるとは思えない。例えば、役職、地位や名誉。そういった物は、すでに価値の無い物となっているだろう。ファシリテイターの発言が真実であるとしたら、仮に今ここにいる全員が元の世界に戻ったとして、159名はもう元には戻れないのだ。そんな状況で以前のような日常を迎えられるはずもないだろう」
日比谷はゆっくりと訴えかけるように皆の顔を順々に見渡すように話した。
「だが、私は前を向きたい。取り戻すためではなく、この試練を乗り越えた先にある新しい世界の見え方があるかもしれない。故に、生き残り、元の世界に戻るためにできることは全て行いたい。皆にも可能な限り、ここに協力いただきたい。自分自身が生き残るため…… そして、君達の隣にいる人を生かすため、何ができるのか考えて欲しい」
ふと隣の友沢が視界の端に入った。今さら気づいたが、反対側の隣には、四天王の最後の一人、高嶺の花こと高峰さんが座っていた。
「私とて、死は恐ろしい。だが、それに脅えているだけでは有りたくない。例え、志半ばで、力尽きたとしても、最期まで足掻いて、ファシリテイター……それから他にもこんな状況を作り出し、裏で手を引いているかもしれない連中に一泡吹かせてやろうじゃないか……!」
この状況で、この短期間に、よくここまで考えを整理できるものだと単純に脱帽した。考え方が建設的で、目的をはっきりと定めている。四十代前半で部長に上り詰めたこの男は、自分にはない物を持っている。そう感じさせられるには十分な発言であった。
◇
「あ! 平吉! どこ行くんだ?」
会議終了後、会議室から出ると、友沢に声を掛けられた。
「……シミュレーション訓練室だけど」
日比谷に
「おー、それじゃあ俺も行くよ!」
友沢が便乗する。
「私も行きます」
「私も行ってもいいですか? 知り合いがいなくて不安で……」
そこには無表情系女子の宇佐さん及び、困り顔系女子の白川さんがいた。
結局、なりゆきではあったが、最初に作ったグループのメンバーが揃った。
彼らの顔を見たら、少し胸の辺りの窮屈さがほぐれた気がしたから不思議である。
「で、シミュレーション訓練室ってどこだよ? ファシリテイターがあるって言ってたけどよ」
友沢が言う。
……確かにどこだ? と思う。
「こっちですよ」
宇佐さんがさも当然のように言う。
「もしかして……宇佐さん、もう行ったの?」
友沢が苦笑いするような表情で確認する。
「はい。昨日、行きました」
「宇佐さん、メンタル強いね……」
「どうなんでしょうね…… でも、部長じゃないですが、ゲームオーバーにならないために何をすべきかは考えました。次のミッションまでの時間は限られていますからね」
「……」
それを聞いて、初日の過ごし方について、幾分の後悔が生じた。ゲームオーバーという表現が宇佐さんらしい。
「それじゃ行きましょうか」
宇佐さんがとことこと歩き出す。歩きながら更に興味深い話題を提供してくれた。
「ちなみにですが、情報共有です。最初のミッションクリア時に気づいたのですが……なぜか知らないのですが、スキルが増えていました。皆さんはどうですか?」
「え……? どうだろう……」
宇佐さんからの情報を聞いて、スキルの確認を行う。相変わらず地味スキルの<シールド>だけだ。
「いや……僕は増えてないな」
友沢と白川さんも首を横に振った。
「そうですか……」
宇佐さんは少し不思議そうな顔をしていた。ファシリテイターは、スキルは一人に一つ与えられると言っていた。それが増えているというのはどういうことなのだろうか。考えられるのは敵の討伐によるボーナスだ。しかし、俺も宇佐さんと同等以上にカエルを狩ったはずなのだが……。
とはいえ、宇佐さんと俺の違いに見当が全くないわけではない。
「そういえば、最初にカエルにレーザーを放った時に光の獲得エフェクトみたいの発生してたけど、あれが関係あるんですかね……」
「言われてみれば、そうですね」
「あれがスキルの獲得エフェクトなのかもしれないですね」
キメラ討伐ボーナスなら俺にも同様の報酬があってもよかったのに……と思うが、こういった運はとことん悪いので、適当に納得した。
「ちなみにどんなスキルを獲得したんですか?」
「<腕力強化(弱)>、<移動高速化(弱)>、<ミニレーザー>ですね」
「えっ? 三つも!?」
「そうみたいです。前二つは常時発動型で、そんなに魅力的でもないですが、ミニレーザーは省エネの飛び道具として使いやすそうです」
「そ、そうだね……」
いくら運が悪いと言っても、こんなに差が付くのは流石に理不尽だと思ってしまった。なんらかの運以外の要素を含んでいることを疑ってしまう。
「……なんかすみません」
俺がへこんでいるように見えたのか、宇佐さんが無表情ながら気を遣ってくれた。
「あ、いや……いいんだよ」
宇佐さんに気を遣ってもらうという稀有な体験ができただけで良しとするか。
◇
その後、五分くらい歩いて、シミュレーション訓練室に辿り着いた。
シミュレーション訓練室はこれまたいくつかの個室に分かれていた。会議の後、そのまま直行したため、他には誰もいなかった。
『皆様、シミュレーション訓練室へようこそ』
女性の声で案内が流れる。ファシリテイターの声ではなかった。
「え? 何?」
友沢が反応した。
「音声案内のようです。この音声に従って、個室に案内されます」
宇佐さんが補足してくれる。
「あ、そうなのね」
『皆様、同仮想空間への案内も可能ですが、いかが致しましょう?』
「え? どうする?」
友沢が皆に確認した。
「ひとまず今日はそれぞれ別の空間にしておきませんか? グループの訓練は明日以降ということで…… 訓練時間もそれぞれが決めればいいですし。まぁ、私以外の方がグループを組む分には特に異論はありませんが……」
宇佐さんが淡々と提案した。
「それもそうですね…… まずは個人で練習しましょうか」
俺もその提案に賛同した。
「えー、ちょっと心細いけど、まぁいいよ」
「私も大丈夫です」
友沢、白川さんも同意した。
『それでは、順に案内致しますので、最初の方はどなたでしょうか。他の方は控室にて少々お待ちください』
「じゃあ、私から」
迷うことなく立候補した宇佐さんから順番に個室に案内された。
一人案内されてから五分程度の間隔で次の人が順々に案内されていく。
友沢がとってつけたようにレディファーストでなどと言い出したので、宇佐さんの次は白川さん、友沢、俺の順にすることとなった。いや、そこは
「んじゃ、また後でな」
そう言うと、友沢は控室を出ていった。
「……」
最後の俺は一時的に一人となった。広めの部屋で何もやることがなく、たった一人でいるのは、少し落ち着かなかった。
そもそも俺はそうまでして生き残りたいのだろうか? 守るべき家庭もない。為すべき目標もなければ、生産性に富んだ人生でもない。できればあまり壮絶な死というのは嫌だな…… などとモヤモヤと考えを巡らしていると、控室の扉が開いた。
案内人などが来るわけではないので、次の利用者が来たのだろう。
それは先程の会議でも隣に座っていた黒髪の美女、四天王の一角、高嶺の花こと高峰さんであった。
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