06.M2-2

「あぁ゛あ あ゛あ あああ!!」


 ウツボ恐竜が西園寺さんの片脚を咥えたまま首をブンブンと振り回す。


「助けてぇ゛え え!!」


 その言葉で我に帰り、俺はウツボ恐竜に立ち向かおうとする。


 しかし、そうしようとした瞬間、ブチっという聞きなれない音と共に、西園寺さんがウツボ恐竜の口から放り出される。


 ウツボ恐竜は何かを噛み締めるように口を、もごもごと動かしている。


 宙に放り出された西園寺さんは、十メートル先の地面に叩きつけられる。西園寺さんは片脚を失いながらも何とか立ち上がろうとする。


「西園寺ぃいい!!」


「え……!?」


 西園寺さんが顔を上げると、その周りを大量のカワハギマンが取り囲んでいた。


「ひっ…………いやぁ゛あ ああぁあ゛あ ああああ!!  あ゛ っ、あ……あっ……あ……ぁ…………ぁ………………」


 群がるカワハギマンの中で、徐々に西園寺さんの声が聞こえなくなっていく。


 その様子を見て、ウツボ恐竜が怒ったように脚を踏み鳴らして、近づいていく。


「に、逃げろぉお!! 一人でも多く逃げ帰るんだ!! 振り返るな!! 何があっても!!」


 木田が叫ぶ。と、同時にあまりの出来事に停止していた面々が我に帰ったように、全速力で走り出す。


 ウツボ恐竜もそれに気づき、カワハギマンに奪われた西園寺さんを諦め、こちらに向き直る。


「早海さん!!」


 他人のことなどほっぽり出して、すぐに逃げればいいのに……

 そんな思いが頭をよぎるが、俺は早海さんに声を掛けていた。


「あ……ぁ……でも私……」


 早海さんはすぐには動けない。


「早海さん! 動かすのは左側のスティックだけでいいから……! 速く!」


「!?」


 それを聞いて、早海さんは、なんとか走り出す。


 よし! と自分もその場から離れようとするが、もう一人、その場で動くことができないでいる女性が視界の端に入ってしまう。


 すでにウツボ恐竜が彼女の正面十メートル先という位置まで接近している。


「高峰さん!!」


 高峰さんはこちらに反応する様子もなく、立ち尽くしている。


 その間にも、ウツボ恐竜が高峰さんとの距離を縮める。


 全く抵抗しない捕食対象に、ウツボ恐竜は逆に警戒しているのか進行速度は決して速くはないが、それでも高峰さんとの距離はまさに目と鼻の先だ。


「ちくしょうがぁああ!!」


 俺は全ての思考を投げ出す。


「……っ!」


 結果として、俺はウツボ恐竜と高峰さんの間で、シールドを展開している。


 直後、ウツボ恐竜がその障壁に接触する。


 速度を出していなかったため、衝撃は大きくなかったが、凄まじい圧力を感じる。


 シールド越しにウツボと目が合ってしまう。


 感情のない目だ。


 戦う相手への情、まして敬意なんてものはない。


 ただただ、俺達を捕食対象としてしか見ていない。


 次の瞬間には、すでに首を大きく振り上げていた。


「っ……!」


 先程とは異なり、勢いをつけて振り降ろした頭突きを再び、シールドで受ける。


 凄まじい衝撃が全身を襲い、倒れそうになるのを必至で堪える。


 そして、俺はなんとか顔を上げて、ウツボ恐竜の姿を確認しようとする。


「え……?」


 なぜかウツボ恐竜の側面が目に入る。


 一瞬、その理由がわからなかったが、すぐに悟る。


 悟るが、遅い。


 シールドの側面から巨木のような尻尾が容赦なく襲い掛かる。


「……っ!!」


 俺は倒れている……?


 意識はなんとかある……


 まだ死んではいないようだ。


 だが、強烈な痛みを感じる。


 もはやVRと現実の境など微塵も感じることはない。


 目の前には高峰さんも倒れている。


 高峰さんもこちらをしっかりと見ている。


 一定の間隔で地面からズドンという振動が伝わってくる。ウツボ恐竜が歩みを進める振動だ。


 その振動は少しずつ大きくなっている。


 なんとか高峰さんを助けなくては……!


 だが、動かない。


 身体がどうしても動こうとしない。


 そして、一定のリズムを刻んでいた振動が止まる。


 高峰さんの視線はこちらではなく、上方へ向けられ、その顔は恐怖に歪んでいる。


 俺もその方向に目線だけ動かす。


「っ……」


 巨大なウツボが覗き込んでいる。


 どちらから食べようか考えているのだろうか。


「!?」


 次の瞬間であった。


 何か、見覚えのある人形ひとがたのようなものがウツボ恐竜の目の前に出現する。


 ウツボ恐竜はそれに驚き、怯む。


 その隙をついて、予想もしていなかった人物が素早く俺達の方に接近する。


「し、白川さん……!?」


 白川さんは無言で俺を背負おう。


「きゃぁああああああ!!」


「!?」


 高峰さんの悲鳴だ。


「し、白川さん!! 高峰さんは!?」


「見捨てる……」


「!?」


 白川さんはそれだけ言うと、俺を背負ったまま走り出す。


「いゃぁああああああ!! に、にげt……」


「っっっ……! 白川さん!! 俺はいいから、高峰さんを!」


「…………」


 白川さんは返事をせずに走り続ける。


「白川さん!!」


「……もう悲鳴も聞こえない」


「っ!?」


 白川さんの言葉の意味はわかった。


 だが、確認せずにはいられなかった。


 背負われながらもなんとか後ろを振り返る。


「…………」


 ウツボ恐竜は鼻先を上空に向けて口をパクパクと開閉している。


 それなりに距離があるため、ウツボ恐竜の巨大な全身を確認することができる。


 その様子は、まるで咥えた獲物を食道に運ぶために重力を利用するかのようであった。


「っ……!」


 心臓の辺りに極めて強い不快感を催す。


 異様に長い上下の顎の隙間から人間の脚のような物がチラリと見えてしまう。


 ◇


「お疲れ様です」


 灰色の空間に戻る。最初のミッションクリアの時と同じ、ファシリテイターからのねぎらいの言葉だ。


「それでは、まずは討伐数優秀者の発表です」


 部屋の中央にパネルが出現し、ランキング形式で順位と対象者が表示される。


 一位:平吉。二位:宇佐。三位:日比谷。四位:水谷。五位:林。


 こんなものに何の意味があるのだろうか。


「優秀者の方もそうでなかった方も有難うございました。前回もお伝えしましたが、最終的に、一位であった方には特典がありますので、ぜひとも一位を目指して、頑張ってください」


 ファシリテイターが前回と同じようなセリフを述べる。


「次に被害報告です」


 パネルの討伐数ランキングが被害者一覧に切り替わる。


「…………」


 脚が見えただけだった。確認したわけではない。


 もしかしたら、あれは西園寺さんの脚だったかもしれない。可能性はゼロじゃない。


 そんな最悪な希望的観測は粉砕される。


 高峰の文字が他の被害者と区別されることなく一様に表示される。


「今回は最初の部屋に残った方はいませんでしたので、スキルコアの回収はありません」


 ファシリテイターの淡々とした進行が妙にしゃくに障った。

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